著述 本51 DAC Complete Works of Pausanias 9巻 /ボイオーティアカ

ギリシア
  1. 本の情報
  2. 第九巻 ボイオーティアカ 歴史
  3. ボイオーティアとアッティカの国境
    1. プラタイアとエレウテライ
  4. ボイオーティア人
    1. ボイオーティア人は、アムピクテュオーンの子孫(アイオリス系)
  5. プラタイア人
    1. プラタイア人は「生え抜き」
    2. アソポス川とキタイロン山が古王
  6. プラタイア(Πλάταια)
  7. アクタイオンのベッド
    1. アクタイオン伝説
  8. ヘーラーの聖婚伝説
    1. プラタイアのヘーラー神殿と神像
    2. ヘーラーの引き籠もり
    3. 偽装結婚計画
    4. 偽花嫁が木偶なのを見て和解
    5. ダイダラ祭
    6. ボイオーティア人といっしょに祝う大ダイダラ祭
    7. ダイダラ(和解の祭典)でテーバイとプラタイアが和解
    8. ダイダラ和解祭
  9. アーソーポス川が境界
    1. プラタイアとテーバイの境界はアーソーポス川
  10. テーバイ王家の歴史
  11. テーバイの古王
    1. 最初の王オギュゲス
    2. ヒュアンテス族とイオネス族の到来
  12. カドモスの到来
    1. カドモスの征服
    2. ボイオティアのイオネス族を同化
    3. カドモスの華麗な結婚
    4. カドモス配下のスパルトイ
    5. ペンテウス
  13. ニュクテウス一統の簒奪?
    1. ニュクテウスが正統カドモス王の摂政に
    2. ラブダコスが王位継承するも他界
    3. ニュクテウスの弟リュコスが王位簒奪
    4. アムピーオーンとゼトスが王位簒奪
    5. アンピオンの歌唱神話はホメロスにない
    6. リュディア式竪琴キタラのの導入は後世
    7. アムピーオーンが最初のキタラ奏者というのは神話
    8. アンピオンがレートーの子供暴騰してハデスの劫罰
    9. アムピーオーンとゼトスの子供たち亡ぼされる
  14. ラーイオス王復帰時代
    1. ラーイオスがテーバイ王家に復帰
  15. オイディプース時代
    1. オイディプースの子供たちの母はエウリュガネイア説
  16. オイディプースの子どもの時代
    1. ポリュネイケースがテーバイを去る
  17. ラオダマース時代
    1. オイディープスの二人の息子相打ちののちラオダマースが王家継承
  18. ポリュネイケース時代
    1. テーバイ七将攻めによりラオダマースがイリュリア植民へ
  19. テルサンドロス時代
    1. ポリュネイケース筋のテルサンドロスが王位継承
  20. ティーサメノス時代
    1. 幼君ティーサメノスに代わりペネレオスがトロア遠征
  21. アウテシオーン時代
    1. カドモス王家最後の王アウテジオンはドーリス人のもとへ亡命
  22. ぺネレウスの子オルペルテスがテーバイ王家簒奪
    1. ペネレオス筋がテーバイ王家継承(いや征服)
  23. クサントス時代
    1. テーバイ最後の王クサントス、メラントスに討たれる
  24. テーバイの地誌
  25. テーバイの七つの門
    1. 七つの門の廃墟
    2. エーレクトライ門、プロイティダイ門の由来
    3. ネイスタイ門の由来
    4. クレーニアイ門、ヒュプシスタイ門の由来
    5. オーギュギアイ門、ホモローイダイ門の由来
    6. ホモローイダイ門の由来
    7. ラーオダマースとイリュリア移住組の一部が帰郷してホモレに定住
    8. エレクトライ門よりテーバイへ
    9. カパネウスが雷霆に打たれた門
  26. ラーオダーマスのイリュリア亡命(植民)
    1. ラーオダマースの陥落直後の迅速なイリュリア亡命
  27. 叙事詩「テーバイド」(Θηβαΐδα)
  28. イスメニアン・アポロン
    1. イスメノス河岸のアポロンの聖所
    2. ポセイドン青銅像VSアポロン木像
    3. イスメニアン・アポローンの神官
  29. アレースの聖域とドラゴンの泉
  30. ヘーラクレース一家のテーマパーク跡
    1. アムピトリュオーン一家の家の廃墟
    2. メガラの生んだヘーラクレースの子供たちの墓
    3. ヘーラクレースの聖域の彫像
    4. ダイダロスの息子イカロスの舟の沈没による溺死とヘーラクレースの埋葬
    5. セメレ雷に打たれて死亡した部屋(これもテーマパーク)
  31. 木笛音楽のメッカ
    1. フルート奏者のプロノモス
    2. ドーリア、プリュギア、リュディアの音楽
    3. カルケディケ人に音楽伝道
  32. エパミノンダス伝
    1. カドモスの末裔フェニキア人
    2. ピュタゴラス哲学の里帰り導入(マケドニアのピリッポス二世に伝授する)
    3. メガロポリスの建設とアルカディア連邦構想
    4. メッセネ市再建
    5. 任期超過の権限保持で免職
    6. 急遽将軍職を行使
    7. 立像と碑文
  33. カドモス一統によるさまざまな密儀の導入
    1. ハルモニアーによるアプロディーテー信仰
    2. 法を与えるデーメーテールの聖域
    3. 解放者・ディオニュソスの神殿
  34. アムピーオーン一統のテーマパーク
    1. リュコスの家の廃墟。アムピーオーンの子供たちの墓。
    2. アムピーオーンとゼートスの小山
    3. 占い師バキスの伝承という捏造
    4. ポコスの墓
    5. オルニティオンの子ポコスとアンティオペの結婚
    6. 協同墓
    7. 音楽の魔力はオルペウスの伝承
  35. ほかのテーマパークの建造物
    1. メラニッポスの墓
    2. オイディプスの子供たちの墓
  36. パイオニア人とパイオニア
  37. ヘクトルの正体
    1. ヘクトルの死体を持ち帰り半神として崇拝
  38. ハルマ
    1. ハルマの廃墟
    2. ハルマの吞み込まれた場所の取り合い
  39. ミュカレ
    1. ミュカレソスの語原は「休む」
    2. ミュカレのデーメーテールの聖域
  40. アウリス
    1. 陶工の町アウリス
  41. タナグラ
    1. デリオン
    2. タナグラの建国者ポイマンドロス
    3. タナグラのケリュキウス山(オイディプースの墓でヘルメス生誕地)
  42. トリトン信仰
    1. ディオニューソス像とトリトン像
    2. 女性を襲撃する怪物トリトンと救いのヒーローのディオニュソス
    3. トリトンはタナグラの人々がワインに酔わせて退治した怪物
    4. 獰猛な人魚の容姿
  43. ヘルメス・クリオフォロス(タナグラのヘルメース)
    1. アルカイック期のヘルメス・クリオフォロスの像
    2. ヘルメースの故郷
  44. ボイオーティアの詩人ピンダロス
    1. ピンダロスの墓
    2. ピンダロスのキャリア
    3. ペルセポネの勧め
  45. アクラエピニウム
    1. アレックス破壊時の老人の避難
  46. コパイス湖
    1. コパイス湖の立地
    2. ケピソス河が流入
    3. 湖底に沈んだアテナイとエレウシスの町
  47. コパイス湖左岸のハイエートゥス
  48. オルコメノス
  49. ロクリスとエウボイア島
  50. テーバイのネイスタン門近郊
    1. メノイケウスの墓の柘榴
    2. テバイ人が葡萄栽培導入
    3. オイディプスの子供らの決闘の趾
    4. ディルケー河
  51. カベイロイ信仰
    1. カベイロイの聖所
    2. カベイロイ
    3. カベイロイとデーメーテールとプロメテウス
    4. カベイロイ追放
    5. カベイロイの秘儀参入
    6. カベイロイは雷神でもある
  52. スピンクスの謎かけの山
    1. スピンクスの正体とオイディプースの正体
  53. オンケストス
  54. テスピアイ
    1. テスピアイの立地
    2. テスピアイの解放者ゼウスの聖所
    3. テスピアイ人のエロス信仰
    4. ヘーラクレース信仰
  55. ヘリコン山
    1. 肥沃なヘリコン山
    2. 植物学もフェニキア人
  56. アスクラ
    1. アスクラの建設者とムーサイ(Μοῦσαι)の聖所
    2. 地震の神ポセイドン
  57. ムーサイ(ミューズ)
  58. カリッポスの『オルコメノス史』のミューズ神話
    1. カリッポスの『オルコメノス史』
    2. ミューズは最初3人
    3. 九柱のミューズ
    4. ピエロス王の娘か
  59. 竪琴音楽の起源とオルペウス神話
    1. ヘルメースVSアポローン
    2. 二人のリノス
    3. オルペウス神話
    4. 魔笛の世界
    5. トラキアの女たちに裂かれた?
    6. 秘儀を洩らしたオウペウス落雷で死ぬ
    7. ピエリア山麓のディオンが終焉の地?
    8. ランプサコスの人はオルペウス信者
  60. ヘリコン山の麓(ヘーシオドスの生誕と終焉の地)
    1. ヘシオドスが得た鼎
    2. ベレロポーンの失墜地
    3. ヘシオドスの墓
    4. ナルキッソスの泉
  61. ティスベ
    1. ティスベ
    2. ヘラクレア
    3. ティスベの命名
    4. アルゴ号の停泊所(ティスベ港)
  62. ハリアルトス
    1. テスピアイから内地に入るとハリアルトス
    2. ハリアルトス焼き討ち
    3. ライサンダー(リュサンドロス)
    4. ハリアルトスのリュサンドロスの墓
    5. ティルプサの泉
    6. テレシアスの娘マントー
  63. アラルコメナ
    1. アラルコメナの名祖
    2. トリトン川
    3. コロネイアへの途上、イオニアのアテナの聖所
  64. セイレーンたち(ヘーラーの侍女たち?)
    1. セイレーン(Σειρήν)たちは、アケローオス(Ἀχέλῷος)川とアイトーリアー王家の混血
  65. オルコメノスの歴史
  66. 古都オルコメノス王家
  67. 祖王アンドレオス
    1. 祖王アンドレオス
  68. アイオリス王家アタマースの征服
    1. アタマースの借地
  69. テーバイ帝室による征服:ハリアルトスとコロノス
  70. 実のオルコメノスの祖王はアンドレウス
    1. アンドレウスとレウコンの子エテオクレース王
  71. オルコメノスの大王エテオクレースの正体
    1. ケーピーソス川の子
    2. 三美神祭儀の創始
  72. シーシュポスの子ハルモスへ禅譲
    1. エテオクレースからハルモスへ
  73. 好戦的なプレギュアース(Φλεγύας)
    1. ハルモスの娘クリュセーとアレースの子プレギュアース
    2. プレギュア人は好戦的
  74. 無法者ポーキス人は、プレギュアース人(プレギュアイ)の生き残り
    1. プレギュア人、雷で滅ぼされ生き残りがポーキスへ
  75. ミニュアースとミニュアン人
    1. クリューセースが継承
    2. クリューセースの子ミニュアース
  76. オルコメノスの名祖オルコメノス
    1. オルコメノスはミニュアースの子
  77. アルゴスからハイエトスを迎える
    1. ハイエトスとは?
    2. 姦淫の罪創設
    3. ドラコンの姦淫罪の起源
  78. イアシウスの子アムピーオーンとは?
    1. ミニュアン人アムピーオーンの娘クロリスとネレウスが結婚
  79. クリュメノス(Κλύμενος)とは?
    1. オルコメノスはクリュメノスへ禅譲
  80. テーバイーオルコメノス戦争
    1. クリュメノスのテーバイ人による殺害
    2. オルコメノス人戦争に勝利し、テーバイから賠償を取る
    3. テーバイの英雄ヘラクレス
  81. ヘラクレスのケピソス迂回工事
  82. レバデイア
    1. レバデイアの立地
    2. トロポニウスの洞窟
    3. 忘却の水と想起の水
    4. 地下参入者
    5. デメトリオスの名の意味
    6. トロポニオスの地下下りの秘儀
  83. カイロネイア
    1. カイロンに由来
  84. キュプロス島のアマトス市
    1. キュプロス島のアマトス市
    2. ハルモニアのネックレス
    3. ハルモニアの首飾りは、エメラルドと黄金製

本の情報

書名:Complete Works of Pausanias
著者:Pausanias
出版:Delphi Ancient Classics Book 39

第九巻 ボイオーティアカ 歴史

ボイオーティアとアッティカの国境

プラタイアとエレウテライ

[9.1.1] I. Boeotia borders on Attica at several places, one of which is where Plataea touches Eleutherae.

ボイオーティアとアッティカの境界の一つは、プラタイアとエレウテライの境である。

不倶戴天の敵同士テーバイ人とアテーナイ人の境界は、プラタイアとエレウテライの境である。

ボイオーティア人

ボイオーティア人は、アムピクテュオーンの子孫(アイオリス系)

The Boeotians as a race got their name from Boeotus, who, legend says, was the son of Itonus and the nymph Melanippe, and Itonus was the son of Amphictyon.

ボイオーティア人の名祖はボイオティスである。彼は伝説の伝えるところによると、イトノスとニンフのメラニィッペの子である。イトノスアムピクテュオーンの子である。
つまり、ボイオーティアの原住民は、アイオリス人である。

プラタイア人

プラタイア人は「生え抜き」

The Plataeans were originally, in my opinion, sprung from the soil; their name comes from Plataea, whom they consider to be a daughter of the river Asopus.

私の意見では、プラタイア人は、「生え抜き」だろう。名祖は、アーソーポス川の娘プラタイアであろう。

アソポス川とキタイロン山が古王

But the Plataeans know of no king except Asopus and Cithaeron before him, holding that the latter gave his name to the mountain, the former to the river. I think that Plataea also, after whom the city is named, was a daughter of King Asopus, and not of the river.

プラタイア人は、アーソーポス(Ἀσωπόςを除いて、彼の先代のキタイローンΚιθαίρωνしか王を知らない。このキタイローン王は、キタイローン山に名前を与えた王であった。前者が川に名前を与えた王であったように。

プラタイア(Πλάταια)

アクタイオンのベッド

アクタイオン伝説

This road leads to Plataea from Eleutherae. On the road from Megara there is a spring on the right, and a little farther on a rock. It is called the bed of Actaeon, for it is said that he slept.

この道は、エレウテライからプラタイアへ続く。メガラからの途上の右手に、泉がある。さらに先に岩がある。彼が眠ったため、アクタイオーン( Ἀκταίωνのベッドと言われている。

ヘーラーの聖婚伝説

プラタイアのヘーラー神殿と神像

There is at Plataea a temple of Hera, worth seeing for its size and for the beauty of its images. On entering you see Rhea carrying to Cronus the stone wrapped in swaddling clothes, as though it were the babe to which she had given birth. The Hera they call Full-grown; it is an upright image of huge size. Both figures are of Pentelic marble, and the artist was Praxiteles.

プラタイアにはヘーラー神殿がある。その規模と美しい神像のゆえに見応えがある。レアが偽って布にくるんだ石を赤児に見立ててクロノスのともへ運ぶ彫像がある。その隣りに成長したヘーラーの立像がある。両方の像は、ペンテリコンの大理石製で、プラクシテレスの作である。

ヘーラーの引き籠もり

[9.3.1] III. Hera, they say, was for some reason or other angry with Zeus, and had retreated to Euboea.

ヘーラーは、なんらかの理由でゼウスに腹を立て、エウボイアに引き籠もった。

偽装結婚計画

Zeus, failing to make her change her mind, visited Cithaeron,
So he ordered Zeus to make an image of wood, and to carry it, wrapped up, in a bullock wagon, and to say that he was celebrating his marriage with Plataea, the daughter of Asopus.

ゼウスはヘーラーの心を変えることに失敗すると、キタイローンを訪れた。
(賢者であった)キタイローンは、ゼウスに木像を作ることを指示した。そして花嫁衣裳を着せてワゴンに乗せるように。
そして、アーソーポスの娘プラタイアと結婚すると吹聴するように。

偽花嫁が木偶なのを見て和解

Hera heard the news at once, and at once appeared on the scene.
she was pleased at the deceit, on finding it a wooden image and not a bride, and was reconciled to Zeus.

ヘーラーは噂を聞きつけるや瞬間移動でやってきた。
花嫁衣装を引きちぎると木偶が現れ、欺されたことを喜んだヘーラーは、ゼウスと和解した。

ダイダラ祭

To commemorate this reconciliation they celebrate a festival called Daedala, because the men of old time gave the name of daedala to wooden images.

この和解を記念して、ダイダラと呼ばれる祭を祝った。
なぜなら、昔はこの木像にダイダラという名を与えていたからだ。

ボイオーティア人といっしょに祝う大ダイダラ祭

[9.3.5] This feast the Plataeans celebrate by themselves, calling it the Little Daedala, but the Great Daedala, which is shared with them by the Boeotians, is a festival held at intervals of fifty-nine years, for that is the period during which, they say, the festival could not be held, as the Plataeans were in exile.

プラタイア人が内輪で祝う場合は、小ダイダラと呼ばれた。
他のボイオーティア人といっしょに祝う場合は、大ダイダラと呼ばれた。これは59年ごとに祝われた。その間の期間、プラタイア人が亡命状態にあり、祭を祝えなかったからだ。

ダイダラ(和解の祭典)でテーバイとプラタイアが和解

[9.3.6] Lots are cast for them by the Plataeans, Coronaeans, Thespians, Tanagraeans, Chaeroneans, Orchomenians, Lebadeans, and Thebans; for at the time when Cassander, the son of Antipater, rebuilt Thebes, the Thebans wished to be reconciled with the Plataeans, to share in the common assembly, and to send a sacrifice to the Daedala. The towns of less account pool their funds for images.

テーバイ人が、プラタイア人、コロナエ人、テスピアイ人、タナグラ人、カイロネイア人、オルモメナ人らと、カッサンドロスに対し反乱を企てた時、プラタイア人と和解するために、ダイダラの祭(和解の祭)に代表を送った。

ダイダラ和解祭

[9.3.8] The cities with their magistrates sacrifice severally a cow to Hera and a bull to Zeus, burning on the altar the victims, full of wine and incense, along with the daedala.

ダイダラ和解祭では、牝牛をヘーラーに、牡牛をゼウスに焼いて供える。

アーソーポス川が境界

プラタイアとテーバイの境界はアーソーポス川

[9.4.4] On the road from Plataea to Thebes is the river Oeroe, said to have been a daughter of the Asopus.
Even to-day the Asopus is the boundary between Thebes and Plataea.

アッティカとボイオーティアの境界が、キタイローン山
プラタイアとテーバイの境界が、アーソーポス川

テーバイ王家の歴史

テーバイの古王

最初の王オギュゲス

[9.5.1] V. The first to occupy the land of Thebes are said to have been the Ectenes, whose king was Ogygus, an aboriginal.

テーバイの最初の王はエクテン族の王オギュゴス。土着の王である。
オギュゴスはオケアノスに関連している可能性がある。アテーナイの初代王ともボイオーティアの初代王と言われる。コパイス湖の氾濫の擬人化かもしれない。

ヒュアンテス族とイオネス族の到来

The Ectenes perished, they say, by pestilence, and after them there settled in the land the Hyantes and the Aones,

オギュゲスのエクテン族は悪疫によって滅び、ヒュアンテス族イオネス族が定住した。

カドモスの到来

カドモスの征服

[9.5.2] When the Phoenician army under Cadmus invaded the land these tribes were defeated;

カドモス指揮下のフェニキア人の軍隊が、ボイオティアの地元民を制圧した時、

ボイオティアのイオネス族を同化

the Hyantes fled from the land when night came, but the Aones begged for mercy, and were allowed by Cadmus to remain and unite with the Phoenicians.

ヒュアンテス人は夜闇に紛れて逃亡し、イオネス族は慈悲を乞うて、カドモスの支配に服し、フェニキア人に合流した。

カドモスの華麗な結婚

Cadmus made a brilliant marriage, if, as the Greek legend says, he indeed took to wife a daughter of Aphrodite and Ares.

カドモスは輝かしい結婚をした。アフロディーテーとアレースの娘を妻に取ったのだ。

カドモス配下のスパルトイ

[9.5.3] In the time of Cadmus, the greatest power, next after his, was in the hands of the Sparti, namely, Chthonius, Hyperenor, Pelorus and Udaeus; but it was Echion who, for his great valor, was preferred by Cadmus to be his son-in-law.

カドモスの統治下で、5人のスパルトイが権力をもったが、その中でもカドモスの娘婿のエキーオーンが最有力であった。

ペンテウス

[9.5.4] Now Pentheus the son of Echion was also powerful by reason of his noble birth and friendship with the king.

ペンテウスは、(スパルトイの)エキーオーンの息子で、カドモス王と親しい高貴な生まれのために即位した。(カドモスの娘とエキーオーンの間の子。カドモスの孫)

ニュクテウス一統の簒奪?

ニュクテウスが正統カドモス王の摂政に

When Polydorus was about to die, Labdacus was still a child, and so he was entrusted, along with the government, to the care of Nycteus.

ポリュドーロスが死んだとき、ラブダコスはまだ幼君であったため、ニュクテウスが摂政となった。

ラブダコスが王位継承するも他界

When Labdacus grew up, Lycus handed over to him the reins of government; but Labdacus too died shortly afterwards,

ラブダコスが成長し、王座に即いたが、まもなく他界した。
(実はラブダコスの時代にアテーナイと戦争して、パンディーオーンを倒し、ダナオイ人を追放し、親族のエレクテウスを王に据えたと思われる。)

ニュクテウスの弟リュコスが王位簒奪

[9.5.6] While Lycus was regent for the second time, Amphion and Zethus gathered a force and came back to Thebes.

リュクスが二度目の王座に登った。アムピーオーンとゼートスが兵を集めてテーバイに戻った。

アムピーオーンとゼトスが王位簒奪

When they succeeded to the throne they added the lower city to the Cadmeia,
giving it, because of their kinship to Thebe, the name of Thebes.

彼らは王位を継ぐと、カドメイアに下町を建設した。
親族の名からテーバイと名づけた。

アンピオンの歌唱神話はホメロスにない

Homer, however, makes no mention in his poetry of Amphion’s singing, and how he built the wall to the music of his harp.

ホメロスは、しかしながら、アンピオンの歌唱についても、キタラを演奏して城壁を築いたというようなことにも言及していない。

リュディア式竪琴キタラのの導入は後世

learning from the Lydians themselves the Lydian mode, because of his relationship to Tantalus, and adding three strings to the four old ones.

アンピオンは、リュディア人からリュディア式の竪琴(キタラ)を学び、というのもタンタロスと友好関係にあったから、三弦を古い四弦につけ加えたという。

アムピーオーンが最初のキタラ奏者というのは神話

[9.5.8] The writer of the poem on Europa says that Amphion was the first harpist, and that Hermes was his teacher.

詩人たちは、アムピーオーンが最初のキタラ奏者で、ヘルメス神から学んだという。

アンピオンがレートーの子供暴騰してハデスの劫罰

It is also said that Amphion is punished in Hades for being among those who made a mock of Leto and her children.

アムピーオーンがレートーの子供たちをからかったからハデスで劫罰を受けていると言われている。

アムピーオーンとゼトスの子供たち亡ぼされる

The houses of both Amphion and Zethus were visited by bereavement; Amphion’s was left desolate by plague, and the son of Zethus was killed through some mistake or other of his mother.Zethus himself died of a broken heart, and so Laius was restored by the Thebans to the kingdom.

アムピーオーンとゼトスの家は死別に見まわれた。
ゼートスの妻のミスでゼートスの子供らが殺され、ゼートスも傷心から自殺した。

ラーイオス王復帰時代

ラーイオスがテーバイ王家に復帰

and so Laius was restored by the Thebans to the kingdom.

正統のラーイオスがテーバイの王統に復帰した。

オイディプース時代

オイディプースの子供たちの母はエウリュガネイア説

But the mother of these children was Euryganeia, daughter of Hyperphas. Among the proofs of this are the words of the author of the poem called the Oedipodia; and moreover, Onasias painted a picture at Plataea of Euryganeia bowed with grief because of the fight between her children.

しかし(オイディプースの)子供たちの母エウリュガネイア(ヒュペールパースの娘)である。
この証拠の中には、「オイディポディア」の詩人の言葉もある。
さらにオナイアスも、エウリュガネイアが子供たちの争いを歎いている絵を描いている。

オイディプースの子どもの時代

ポリュネイケースがテーバイを去る

[9.5.12] Polyneices retired from Thebes while Oedipus was still alive and reigning, in fear lest the curses of the father should be brought to pass upon the sons.

ポリュネイケースはオイディプスがまだ生きて統治しているうちに、父の呪いを恐れてテーバイを去った。

ラオダマース時代

オイディープスの二人の息子相打ちののちラオダマースが王家継承

[9.5.13] Both fell in the duel, and the kingdom devolved on Laodamas, son of Eteocles; Creon, the son of Menoeceus, was in power as regent and guardian of Laodamas.

(オイディープスの二人の息子ポリュネイケースエテオクレースの)二人が決闘で倒れたのち、エテオクレースの息子ラオダマースが、クレオーンの摂政によって王位に即く。

ポリュネイケース時代

テーバイ七将攻めによりラオダマースがイリュリア植民へ

but the Argives were victorious in the fight, and Laodamas, with any Theban willing to accompany him, withdrew when night came to Illyria.

テーバイがアルゴスの七将により攻められ、ラオダマースは信望者を率いてイリュリアに植民に去る。

テルサンドロス時代

ポリュネイケース筋のテルサンドロスが王位継承

[9.5.14] The Argives captured Thebes and handed it over to Thersander, son of Polyneices.

アルゴス勢はテーバイを制圧し、ポリュネイケースの子テルサンドロス王位をわたす。

ティーサメノス時代

幼君ティーサメノスに代わりペネレオスがトロア遠征

[9.5.15] On the death of Thersander, when a second expedition was being mustered to fight Alexander at Troy, Peneleos was chosen to command it, because Tisamenus, the son of Thersander, was not yet old enough.

テルサンドロスが死ぬと、息子のティーサメノスが幼少のため、ペネレオスがテーバイ軍の将軍に選ばれてトロイアのアレクサンドロスとの戦いに出陣する。

ティーサメノスは、亡命し、アカイア人系のクサントス王朝に代わる。
すでにこの時、テーバイは、アカイア・ダナオイ軍に占領されていたということであろう。

アウテシオーン時代

カドモス王家最後の王アウテジオンはドーリス人のもとへ亡命

The Furies of Laius and Oedipus did not vent their wrath on Tisamenus, but they did on his son Autesion, so that, at the bidding of the oracle, he migrated to the Dorians.

ライオスとオイディプスの呪いはティーサメノスに影響なかったが、息子のアウテシオンは、ドーリス人のもとへ亡命する。
(ラケダイモンに入ったヘラクレイダイのもとへ、という意味。)

テーバイ帝室がヘーラクレイダイと合流したことは確実である。

ぺネレウスの子オルペルテスがテーバイ王家簒奪

ペネレオス筋がテーバイ王家継承(いや征服)

[9.5.16] On the departure of Autesion, Damasichthon was chosen to be king, who was a son of Opheltes, the son of Peneleos.

アウテシオンの出発に際して、トロイアで王の代行を務めたペネレオスの子オルペルテスが王に選ばれる。

クサントス時代

テーバイ最後の王クサントス、メラントスに討たれる

Ptolemy, who was the father of Xanthus. Xanthus fought a duel with Andropompus, who killed him by craft and not in fair fight.

(ペネレオスの筋の)プトレマイオスの子クサントスが、(メラントスと渾名される)アンドロポンポスと戦って殺される。
(クサントス側はアカイア軍で、メラントス側がテーバイ帝室軍)

テーバイの地誌

テーバイの七つの門

七つの門の廃墟

[9.8.4] In the circuit of the ancient wall of Thebes were gates seven in number, and these remain to-day.

古代のテーバイの円形の城壁の七つの門があった。そこに門の廃墟が残っている。

エーレクトライ門、プロイティダイ門の由来

One got its name, I learned, from Electra, the sister of Cadmus, and another, the Proetidian, from a native of Thebes.

エーレクトライ門の由来は、カドモスの姉妹に由来すると学んだ。
プロイティダイ門は、テーバイの土着民に由来するそうだ。

ネイスタイ門の由来

The Neistan gate, they say, got its name for the following reason.

ネイスタイ門について、彼らは、次のような理由でその名を得たと言った。

クレーニアイ門、ヒュプシスタイ門の由来

[9.8.5] The Crenaean gate and the Hypsistan they so name for the following reason. . . and by the Hypsistan is a sanctuary of Zeus surnamed Hypsistus (Most High).

クレーニアイ門ヒュプシスタイ門の由来は以下の理由による・・・
ヒュプシスタイ門の由来はゼウス・ヒュプシストス(高きにいますゼウス)の神域に由来する。

オーギュギアイ門、ホモローイダイ門の由来

the one called Ogygian, and lastly the Homoloid gate. It appeared to me too that the name of the last was the most recent, and that of the Ogygian the most ancient.

ホモローイダイ門は、最も新しい命名で、オーギュギアイ門は最古の命名である。

ホモローイダイ門の由来

[9.8.6] The name Homoloid is derived, they say, from the following circumstance.

ホモローイダイ門の由来は次のような環境による。

ラーオダマースとイリュリア移住組の一部が帰郷してホモレに定住

most of them withdrew along with Laodamas, the son of Eteocles. A portion of them shrank from the journey to Illyria, and turning aside to Thessaly they seized Homole, the most fertile and best-watered of the Thessalian mountains.

エテオクレースの子ラーオダマースといっしょにイリュリアに移住した大部分は、イリュリア途上で縮小し、テッサリア地方に還流してホモレという都市を征服した。そこはテッサリア山麓で、最も灌漑され肥えた土地であった。

エレクトライ門よりテーバイへ

The entry into Thebes from Plataea is by the Electran gate.

エレクトライ門よりテーバイに入る。

カパネウスが雷霆に打たれた門

Capaneus, the son of Hipponous, was struck by lightning as he was making a more furious attack upon the fortifications.

カパネウスが、テーバイ城壁に一番乗りして、ゼウスに雷霆で撃たれた門である。

ラーオダーマスのイリュリア亡命(植民)

ラーオダマースの陥落直後の迅速なイリュリア亡命

[9.9.5] Some of the Thebans escaped with Laodamas immediately after their defeat;

いくばくのテーバイ人は、ラーオダマース王と敗北直後ただちにイリュリアへ亡命した。

このときが、テーバイ帝室のテーバイからの脱出を投影しているのか。それとも「テーバイト」は本当のテーバイ帝室のお家騒動だったのか、二つの仮定が成り立つ。

テーバイ帝室系フェニキア人が、カドモスの時代から波状的に、イリュリアへ、その先のシケリア、南イタリアへ、イベリア半島へと植民したことは確かであろう。

叙事詩「テーバイド」(Θηβαΐδα)

About this war an epic poem also was written called the Thebaid.

この戦争を描いた叙事詩は「テーバイド」と呼ばれる。

一世紀末のローマの詩人スタティウスの叙事詩。南カンパーニアのエレア(ヴェーリア)の出身。
エレアは、ポカイア人の町。

イスメニアン・アポロン

イスメノス河岸のアポロンの聖所

[9.10.2] On the right of the gate is a hill sacred to Apollo. Both the hill and the god are called Ismenian, as the river Ismenus Rows by the place.

地元民によってイスメニアンと呼ばれるアポロンの聖所がある。イスメノス河岸の場所である。

ポセイドン青銅像VSアポロン木像

The only difference is that the image at Branchidae is of bronze, while the Ismenian is of cedar-wood.

ブランキダイのポセイドン像は、青銅製で、イスメニアンのアポロンの像はシダー木材製である。

イスメニアン・アポローンの神官

[9.10.4] The following custom is, to my knowledge, still carried out in Thebes. A boy of noble family, who is himself both handsome and strong, is chosen priest of Ismenian Apollo for a year.

以下のような習慣が、テーバイ人によって伝わっている。美しく高貴な少年が、一年年期のイスメニアン・アポロンの神官に選ばれる。

アレースの聖域とドラゴンの泉

[9.10.5] Higher up than the Ismenian sanctuary you may see the fountain which they say is sacred to Ares, and they add that a dragon was posted by Ares as a sentry over the spring.

イスメイアン・アポロンの神域の頂上には、アレースに捧げられた聖域がある。そこには泉の上にアレースのドラゴンの聖所が設けられていた。

ヘーラクレース一家のテーマパーク跡

アムピトリュオーン一家の家の廃墟

[9.11.1] XI. On the left of the gate named Electran are the ruins of a house where they say Amphitryon came to live when exiled from Tiryns because of the death of Electryon; and the chamber of Alcmena is still plainly to be seen among the ruins.

エレクトライ門の左手に、アムピトリュオーンの家の廃墟がある。そこは、彼がエレクトリオンの死のゆえにティーリュンスから亡命して来て住むようになったところである。アルクメーネーの部屋は、いまだ廃墟の中に見ることができる。

ローマ時代のテーマパークのようなものであろう。

メガラの生んだヘーラクレースの子供たちの墓

[9.11.2] Such was the inscription that the Thebans say was written here.
They show also the tomb of the children of Heracles by Megara. Their account of the death of these is in no way different from that in the poems of Panyassis and of Stesichorus of Himera.

メガラの生んだヘラクレスの子供たちの墓がある。
これらの子供たちの死は、ヒメラの詩人ステシコロスの子のパニュッシアスの歌っている詩のいうところと変わらない。

ヒメラの詩人の創作に合わせて作ったテーマパークである。

ヘーラクレースの聖域の彫像

[9.11.4] Here is a sanctuary of Heracles. The image, of white marble, is called Champion, and the Thebans Xenocritus and Eubius were the artists.
the ancient wooden image is thought by the Thebans to be by Daedalus, and the same opinion occurred to me.
For when he was fleeing from Crete in small vessels which he had made for himself and his son Icarus,

ここにヘーラクレースの聖域がある。テーバイの彫刻家クセノクリテスとエイビオスの手になる白大理石の彫像がある。
古い木像は、ダイダルスによるものであったと言われている。
それは、彼がクレータ島から小さなお椀舟で彼の息子イカロスとともに亡命してきた時に遡る。

これもテーマパークの一環だろう。
ヘーラクレースとダイダロスの係わりはあったであろう。
ダイダロスは、テーバイ帝室のアテーナイにおける進駐政権のエレクテウスの子孫であるから。
テーバイ帝室の代々の帝王たるヘーラクレースが、ダイダロス一家を助けるのは自然だ。

ダイダロスの息子イカロスの舟の沈没による溺死とヘーラクレースの埋葬

[9.11.5] but the ship of Icarus is said to have overturned, as he was a clumsy helmsman.
was carried ashore by the current to the island, then without a name, that lies off Samos. Heracles came across the body and recognized it, giving it burial where even to-day a small mound still stands to Icarus on a promontory jutting out into the Aegean.

しかし息子のイカロスのお椀舟は沈没した。彼はサモス島附近の小島に打ち上げられた。ヘーラクレースが通りかかって彼を葬った。

セメレ雷に打たれて死亡した部屋(これもテーマパーク)

[9.12.4] There is also a story that along with the thunderbolt hurled at the bridalchamber of Semele there fell a log from heaven.

もう一つの物語がある。雷が、セメレの花嫁部屋の天井を裂いて落下したというのだ。

セメレーは、あまり実在性がない。イーノーのほうが、ラコニア、メッセニア、コリントスなどテーバイ帝室の影響下の地域全体に神話が伝わっている。
セメレーは、ディオニューソスの母に措定されているだけである。

木笛音楽のメッカ

フルート奏者のプロノモス

[9.12.5] There is a statue of Pronomus, a very great favorite with the people for his playing on the flute.

人気のフルート奏者だったプロノモスの立像がある。

ドーリア、プリュギア、リュディアの音楽

On one they played Dorian music; for Phrygian melodies flutes of a different pattern were made; what is called the Lydian mode was played on flutes of a third kind.

彼らは、ドーリア音楽を奏し、プリュギア音楽も、リュディア音楽も奏した。

カルケディケ人に音楽伝道

He also composed for the Chalcidians on the Euripus a processional tune for their use in Delos.

彼は、エウリプスのカルキディケ人のために、プロのドーリス音楽を作曲した。

木笛音楽は、テーバイ人(ドーリス人)が発展させ、カルキディケやアナトリアなどにも輸出された。

エパミノンダス伝

カドモスの末裔フェニキア人

[9.13.1] XIII. Epaminondas had famous ancestors, but his father had less wealth than a Theban of ordinary means.

エパメイノンダスは、有名な家系(カドモスの子孫のフェニキア人)の出身だったが、さほど裕福ではなかった。

ピュタゴラス哲学の里帰り導入(マケドニアのピリッポス二世に伝授する)

when a young man went to receive instruction from Lysis, a Tarentine by descent, learned in the philosophy of Pythagoras the Samian.

少年時代、サモスのピュタゴラスの哲学を修得した、タレントゥムからの亡命者リュシスに学んだ。

メガロポリスの建設とアルカディア連邦構想

He persuaded the Arcadians to destroy all their weak towns, and built them a home where they could live together, which even at the present day is called Megalopolis (Great City).

彼はアルカディア人を彼らの弱い都市国家を壊すようアドバイスした。彼らが集住して住める故国を建設するために。それが現在メガロポリスと呼ばれている都市である。

メッセネ市再建

Epaminondas, was the founder of the modern Messene, and the history of its foundation I have included in my account of the Messenians themselves.

エパメイノンダスは、メッセニア人たちのために、新たなメッセネ市を再建した。

任期超過の権限保持で免職

Epaminondas stood his trial on a capital charge for holding the office of Boeotarch when his tenure had already expired. It is said that the jury appointed to try him did not even record their votes on the charge.

エパメイノンダスは、任期が過ぎても公職を保持した廉で、裁判にかけられ、公職引退させられた。

急遽将軍職を行使

[9.15.2] When the force had reached the other side of Thermopylae, Alexander surprised and attacked it on difficult ground. As there appeared to be no means of safety, the rest of the army chose Epaminondas to be leader, and the Boeotarchs of their own accord resigned the command.

テルモピュレーの向こうで、アレクサンドロスの急襲によって壊滅の危機に陥ったテーバイ人は、(一兵卒として従軍していた名将)エパメイノンダスを急遽、将軍に任命した。

立像と碑文

[9.15.6] On the statue of Epaminondas is an inscription in elegiac verse relating among other things that he founded Messene, and that through him the Greeks won freedom. The elegiac verses are these:–

エパメイノンダスの立像に、彼の業績と賛美が刻まれている。

カドモス一統によるさまざまな密儀の導入

ハルモニアーによるアプロディーテー信仰

[9.16.3] At Thebes are three wooden images of Aphrodite, so very ancient that they are actually said to be votive offerings of Harmonia, and the story is that they were made out of the wooden figure-heads on the ships of Cadmus.

テーバイには、非常に古いアプロディテ(アシュタルテ)の三つの木彫像がある。ハルモニアー(アプロディテとアレスの娘)が奉納したとされている。
それが、彼らが、カドモスの船の舳先の三つの木彫について考えたストーリーである。

法を与えるデーメーテールの聖域

[9.16.5] The sanctuary of Demeter Lawgiver is said to have been at one time the house of Cadmus and his descendants.

法を与えるデーメーテールの聖域があり、カドモスと彼の後継者たちの時代からの創建といわれている。

解放者・ディオニュソスの神殿

[9.16.6] Near the Proetidian gate is built a theater, and quite close to the theater is a temple of Dionysus surnamed Deliverer.

プロエティディアン門は、解放者という添え名をもつディオニューソスの神殿のきわめて近くにある。

アムピーオーン一統のテーマパーク

リュコスの家の廃墟。アムピーオーンの子供たちの墓。

[9.16.7] There are also ruins of the house of Lycus, and the tomb of Semele, but Alcmena has no tomb. It is said that on her death she was turned from human form to a stone,
Here too at Thebes are the tombs of the children of Amphion. The boys lie apart; the girls are buried by themselves.

セメレの墓の近くに、リュコスの家の廃墟がある。
しかしアルクメーネーの墓はない。人々は、彼女は石に変えられたと言う。
ここには、アムピーオーンの息子たちの墓がある。娘たちはひとりでに葬られたという。

アムピーオーンとゼートスの小山

[9.17.4] The tomb shared by Zethus and Amphion is a small mound of earth.

小さな小山をアムピーオーンとゼートスは共有している。

占い師バキスの伝承という捏造

[9.17.5] Both these cities hold this belief, and they do so because of the oracles of Bacis, in which are the lines:–

両市は、バキスの伝承を伝えている。それは、

ポコスの墓

[9.17.6] Bacis calls it the tomb of Phocus for the following reason.

バキスによれば、それはポコスの墓だという。

オルニティオンの子ポコスとアンティオペの結婚

[9.17.6] Bacis calls it the tomb of Phocus for the following reason. They say that Antiope went mad, and when out of her wits roamed all over Greece; but Phocus, son of Ornytion, son of Sisyphus, chanced to meet her, cured her madness, and then married her.

バキスによれば、それはポコスの墓であるという。以下の理由で。
アンティオペーはディオニューソスの瞋りによって狂乱し、各地を放浪したが、
シーシュポスの子オルニティオンの子であるポコスによって癒され、結婚したという。

協同墓

[9.17.7] So Antiope and Phocus share the same grave.

アンティオペーとポコスは協同墓に入っているという。

このアムピーオーン一統は、いろいろな仮説が成り立つ。
一つだけたしかなことは、テーバイ帝室の敵であったということだ。
エジプトとの深いつながりを感じる。
バナール氏を借用すれば、それはエジプト古王国時代の植民の投影ということになる。
またダナオイ系の侵略の投影かもしれない。
アンティオペーの名前自体が反逆者という意味である。

テーバイ帝室が、反逆者どもに墓をつくるとは考えづらい。
ディオニューソスに追及されたということは、テーバイ帝室によって掃蕩されたことを意味するだろう。
したがって、墓があるとすれば、バナール氏のいうようにもっと古いものであっただろう。

音楽の魔力はオルペウスの伝承

the singing of Amphion. A similar story is told of Orpheus, how wild creatures followed him as he played the harp.

アンピオンの歌が、動物も従わせたとは、オルペウスの伝承である。

ほかのテーマパークの建造物

メラニッポスの墓

[9.18.1] XVIII. The road from Thebes to Chalcis is by this Proetidian gate. On the highway is pointed out the grave of Melanippus, one of the very best of the soldiers of Thebes.

プロティディアイ門から、テーバイからカルキスへの道が延びている。
その途上に、テーバイの猛将メラニッポスの墓がある。

これは「テーバイド」ファンのためのテーマパークである。
メラニッポスは、「テーバイド」では、テーバイ王エテオクレースによって、テューデウスからプロイティデス門を守って戦うように命じられる。
テューデウスは、カリュドーン王家の王子で、アドラストスの婿の一人。ポリュネイケースに、ハルモニアーの頸飾りで、アムピアラーオスの妻を買収する案を出したといわれている。
それを恨んだアムピアラーオスによって蛮行に導かれて不死を逃す。
このメラニッポスによって討ち取られるが、そのメラニッポスをアムピアラーオスが討つ。

コリントスの僭主クレイステネースは、コリントスでアドラストス信仰が大繁盛だったのを廃止するために、アドラーストスの敵であるテーバイの将メラニッポスを勧請した。
それゆえ、古典時代には、メラニッポスは半神としての祭儀をもっていた有名な英雄であった。

オイディプスの子供たちの墓

[9.18.3] Adjoining are the tombs of the children of Oedipus.

オイディプスの子供たちの墓がある。

なんといっても「テーバイド」の第一次テーバイ攻めの主役は、テーバイ帝室の二人の帝王、オイディプースの子であるテーバイ王エテオクレースとアルゴスに亡命し、アドラストスの婿となっていた(事実は、藩王アドラストスを支配していた)ポリュネイケースである。
二人は、ヒュプシスタイ門で死闘を演じ、相討ちになったという。
二人の帝王の一騎打ちに、ヒュプシスタイ門はふさわしい。

パイオニア人とパイオニア

[9.18.4] In Mysia beyond the Caicus is a town called Pioniae, the founder of which according to the inhabitants was Pionis, one of the descendants of Heracles.

カイクスを越えたミュシアにパイオニアという都市がある。パイオニアの建設者はヘラクレスの子孫のひとつである。

ヘクトルの正体

ヘクトルの死体を持ち帰り半神として崇拝

[9.18.5] There is also at Thebes the grave of Hector, the son of Priam. It is near the spring called the Fountain of Oedipus, and the Thebans say that they brought Hector’s bones from Troy because of the following oracle:–

プリアモスの子ヘクトルの墓もある。オイディプスの泉水の近くにある。
テーバイ人は、神託に従って、ヘクトルの死体を持ち帰り、埋葬して半神として崇めたという。(長らくの繁栄のために)

Ἕκτωρは、の語源は、Héktōr(ヘクトル)は、ギリシアékhein「持つ、保持する」の動詞語根*hékʰ-行為者名詞形成接尾辞が接続してできた言葉で、「持つ者、保持者」が原義。
へカトンケイレスヘクトパスカルなどの(hekatón)「百」から、「百蔵」さんかと思いきや、「保持者」から「勝利の保持者」つまり、ゲルマン英雄でいうならジークムントという意味に近い。
テーバイ帝室軍の当時の「帝王」、何代目かのヘーラクレースであったのだと推測される。
なればこそテーバイ帝室は、帝王をテーバイに埋葬したのは当然である。イリオンからではなく、ギリシア本土の戦場から持ち帰ったと思われる。

オイディプースの泉水がそばにあるということは、オイディプースが客死したのは、テーバイを守っての戦死であろう。
アッティカ国境で、アテーナイのアカイア軍と戦って戦死したヘクトールに投影されていると思われる。

オイディプース王は、スピンクスに投影されたダナオイ人からテーバイを守った王であったと思われる。
まさに「保持者」ヘクトールに投影された一人のヘーラクレースであったのであろう。

ハルマ

ハルマの廃墟

[9.19.4] Adjoining are the ruins of the cities Harma (Chariot) and Mycalessus.

ハルマ(チャリオット)の廃墟に隣接してミュカレソスがある。

ハルマの吞み込まれた場所の取り合い

according to the people of Tanagra, because the chariot of Amphiaraus disappeared here, and not where the Thebans say it did.

タナグラの人々によれば、アムピアラーオスのハルマが吞み込まれたのはここで、テーバイ人のいう所ではないと。

タナグラ人は、アムピアラーオスの徒党か。アムピアラーオス一党は、息子がアルクマイオーンで、アテーナイのアルクマイオーニダイとの関係を示す。
アテーナイ捏造班が捏造した一族であろう。

ミュカレ

ミュカレソスの語原は「休む」

Mycalessus was so named because the cow lowed (emykesato) here that was guiding Cadmus and his host to Thebes.

ミュカレソスは、カドモスを導いた牝牛が休んだことが語原である。

ミュカレのデーメーテールの聖域

[9.19.5] On the way to the coast of Mycalessus is a sanctuary of Mycalessian Demeter.

ミュカレソスの途上に、ミュカレソスのデーメーテールの聖域がある。

アウリス

陶工の町アウリス

There are but few inhabitants of Aulis, and these are potters.

アウリスエウボイアと向かいあったボイオティアの都市)には住民は少ない。彼らは陶工である。

アウリスは、テーバイ領とタナグラ領の境にあり、最初はテーバイに後にタナグラに従属した。
トロイア戦争時代の港であった。
港がボイオーティアにあること自体、テーバイ帝室のギリシア支配の傍証である。

タナグラ

デリオン

[9.20.1] XX. Within the territory of Tanagra is what is called Delium on Sea.

タナグラ領内に、デリオンという神域がある。

デロス島へ渡る途上で、アポローン信徒が建設した聖域がタナグラのデリオンであろう。
アポローン信徒は、ボイオーティアのテーバイでテーバイ帝室に受容された後、タナグラに拠点を形成した。
テーバイ帝室の港アウリスから出航して、エウボイア島の沿岸沿いに航行し、アンドロス島、テーノス島を飛び地として、デーロス島に辿り着き、プロト・フェニキア人のアステリアー信徒を制圧して、島を乗っ取ったと想定される。

タナグラの建国者ポイマンドロス

The people of Tanagra say that their founder was Poemander, the son of Chaeresilaus, the son of Iasius, the son of Eleuther, who, they say, was the son of Apollo by Aethusa, the daughter of Poseidon.

タナグラの人々は、建国者はエレウテールの子イーアシオスの子アイレシレオースの子ポイマンドロスであるといっている。
アポローンの息子とポセイドーンの娘の結合から由来した家系である。

タナグラの建設者ポイマンドロスは、地元のポセイドーン信者のプロト・フェニキア人と、植民して来た新参者のアポローン信者の結合から生れたリーダーであったと思われる。
「バルバロイ!」様のサイトで、訳されている、プルタルコスの「ヘラス問答集」によると、
アキレウスらアカイア人によって、「〔トロイア攻めに〕共同出征を望まなかった」ために包囲され、アキレウスは、「ポイマンドロスの母親ストラトニケーを略奪し、息子のアケストールを殺害したから」とあるように、「ギリシア本土のトロイア戦争」では、テーバイ帝室側について戦ったと思われる。
例によって、アキレウスはテーセウス同様、好色で不道徳、婦女子を略奪し、敵を闇雲に皆殺しにする野盗集団の賊の頭の一人である。

タナグラのケリュキウス山(オイディプースの墓でヘルメス生誕地)

[9.20.3] There is in Tanagra the tomb of Orion, and Mount Cerycius, the reputed birthplace of Hermes, and also a place called Polus.

タナグラのケリュキウス山(現タナグラ山)には、オーリーオーンの墓がある。
またヘルメースの生誕地とされている。

オーリーオーンの出生は諸説あるが、ボイオーティアの王ヒュエリウスの子というのが有力である。
つまり、ボイオーティア生まれの英雄で、「生え抜き」かプロト・フェニキア人であろう。
ヘルメースは、アルカディアのキュレネ山生れというのが有力な説である。プロト・フェニキア人であろう。ボイオーティア生れというのは、後付けの観がある。

トリトン信仰

ディオニューソス像とトリトン像

[9.20.4] In the temple of Dionysus the image too is worth seeing, being of Parian marble and a work of Calamis.
But a greater marvel still is the Triton.

ディオニューソスの神域にはパロスの大理石製のカラミス製作の像がある。
しかしより驚嘆するのはトリトンの像である。

女性を襲撃する怪物トリトンと救いのヒーローのディオニュソス

the women of Tanagra before the orgies of Dionysus went down to the sea to be purified, were attacked by the Triton as they were swimming, and prayed that Dionysus would come to their aid.
The god, it is said, heard their cry and overcame the Triton in the fight.

ディオニューソスの信者に成る前のタナグラの女性たちが、聖なる水域で泳いでいたところ、突然、トリトンに攻撃された。
女たちはディオニューソスに祈って助けを求めた。その叫びを聞いたディオニューソスがトリトンと戦って殺した。

トリトンはタナグラの人々がワインに酔わせて退治した怪物

[9.20.5] The other version is less grand but more credible.
the Triton would waylay and lift all the cattle that were driven to the sea.
even to attack small vessels, until the people of Tanagra set out for him a bowl of wine.
he came at once, drank the wine, flung himself on the shore and slept, and that a man of Tanagra struck him on the neck with an axe and chopped off his head.

別説はさほど人口に膾炙していないが、こっちの方が信用できる。
トリトンは家畜たちを海に追い込み、彼のために献酒したワインのボウルまで海に投げ落とした。
しかしまたやってきてワインを呑んで寝てしまった。
タナグラの人々はトリトンの寝首をかいた。

獰猛な人魚の容姿

The Tritons have the following appearance.
The rest of their body is rough with fine scales just as is the shark.
but the mouth is broader and the teeth are those of a beast.
have hands, fingers, and nails like the shells of the murex.
and belly is a tail like a dolphin’s instead of feet.

トリトンは次のような容姿をしている。
人間の顔だが、口は大きく、獣のような歯をもっている。
ミューレックス貝のような爪をもった手をもち
脚の変わりに海豚のしっぽのような下半身をしている。

つまり、タナグラを最初に植民したのは、ポセイドーンやトリトーンを信仰するプロト・フェニキア人であったと想定できる。
あとから、テーバイ帝室公認の(というかテーバイ帝室の導入した)ディオニューソス信者が来て、彼らを凌駕した。
そのため、トリトーンは怪物に変えられたのであろう。

ところでトリトーンは、我々現代の日本人には、手塚アニメの「海のトリトン」のイルカに乗った少年のイメージだったり、平和なイルカのイメージだったりする。
しかし、海豚は獰猛な歯をもった生物として認識されてもいる。ルネサンスのフィレンツェのメディチ家のライバル、パッツィ家の紋章は、獰猛な鋭い歯をもった二匹のイルカである。

ヘルメス・クリオフォロス(タナグラのヘルメース)

アルカイック期のヘルメス・クリオフォロスの像

There are sanctuaries of Hermes Ram-bearer and of Hermes called Champion.
Hermes averted a pestilence from the city by carrying a ram round the walls;
Calamis made an image of Hermes carrying a ram upon his shoulders.

ヘルメス・クロフォロス(牡羊の担い手)の神域がある。
カラミスは小羊を担いだ姿のヘルメス像を造った。

ヘルメースの故郷

[9.22.2] Hermes Champion is said, on the occasion when an Eretrian fleet put into Tanagra from Euboea, to have led out the youths to the battle;
In the sanctuary of the Champion is kept all that is left of the wild strawberry-tree under which they believe that Hermes was nourished.

シャンピオンのヘルメース(野のヘルメース)の聖域は、エレトリア軍がエウボイア島から上陸してタナグラに置いた陣の場所であるが、ヘルメスを養ったという野いちごの木が遺されている。
(タナグラのヘルメースは、ヘルメース・クリオフォロスで、タナグラの野イチゴで養われたボイオティア育ちとなっている。
アルカディアのヘルメースのアルカイク時代の派生型のひとつであろう。)

ボイオーティアの詩人ピンダロス

ピンダロスの墓

[9.23.2] Crossing over the right side of the course you come to a race-course for horses, in which is the tomb of Pindar.

右に曲がるとピンダロスの墓がある。

ピンダロスのキャリア

[9.23.3] Such was the beginning of Pindar’s career as a lyric poet.
he was raised to a greater height of fame by an order of the Pythian priestess,

ピンダロスのキャリアの始めこんなだった。

ペルセポネの勧め

It is also said that on reaching old age a vision came to him in a dream. As he slept Persephone stood by him and declared that she alone of the deities had not been honored by Pindar with a hymn, but that Pindar would compose an ode to her also when he had come to her.

彼が眠ると、ペルセポネが傍に立ち、彼女だけが、ピンダロスの讃歌によって栄誉を与えられていないと言った。
それしピンダロスはペルセポネ讃歌を書いた。

ピンダロスは、テーバイ近郊キュノスケパライの生まれ。
ペルシア戦争では、アテーナイに与することなく、中立を保った平和主義的ピュタゴラス主義者。
愛する少年テオクセノスの腕に抱かれて、80歳の生涯を閉じた。
典型的なテーバイ人。

アクラエピニウム

アレックス破壊時の老人の避難

and I learned that in later times men of Thebes escaped to it, at the time when Alexander destroyed Thebes.
they could not even get safely away to Attica, but made their homes here. The town lies on Mount Ptous,

アレクサンドロス大王が、テーバイを破壊した時、周辺に避難した人々のうち、アッティカまでたどりつけなかった老人などが、プト山の麓に町を築いた。

コパイス湖

コパイス湖の立地

[9.24.1] XXIV. On the straight road from Acraephnium to the Cephisian, or as it is also called, the Copaic Lake, is what is styled the Athamantian Plain,

アクラエピニウムからケピシアンへの道に、いわゆるアタマース平野を形成するコパイス湖がある。

コパイス湖は、廃水されれば、アタマース平野だったのか。

ケピソス河が流入

Into the lake flows the river Cephisus, which rises at Lilaea in Phocis, and on sailing across it you come to Copae, a town lying on the shore of the lake.

湖には、ポーキスのリラエで上がってくる、ケピソス川が、コパエで流入している。

湖底に沈んだアテナイとエレウシスの町

[9.24.2] According to the Boeotians there were once other inhabited towns near the lake, Athens and Eleusis, but there occurred a flood one winter which destroyed them.

ボイオティア人の言うには、湖岸には、アテーナイという町とエレウシースとい町があったが、ある冬に洪水によって湖底に沈んだ。

かつて、コパイス湖になったアタマース平野には、アテーナイとエレウシースという名の町があった。
つまり、パンディーオーンは、一時コパイス湖のあるアタマース平野まで迫っていたのか。

コパイス湖左岸のハイエートゥス

[9.24.3] On the left of Copae about twelve stades from it is Olmones, and some seven stades distant from Olmones is Hyettus both right from their foundation to the present day have been villages.

オルコメノスから12スタディオンのコパイス湖の左岸、ホルモンから7スタディオンのところに、ハイエートゥスがある。

オルコメノス

In my view Hyettus, as well as the Athamantian plain, belongs to the district of Orchomenus.

私の考えでは、ハイエートゥスもアタマース平原とともに、オルコメノスの領域に含まれたと思われる。

ロクリスとエウボイア島

[9.24.4] About twenty stades away from Hyettus is Cyrtones.
There is here too a cool stream of water rising from a rock.
On the right of the river the last of the Boeotians in this part dwell in Halae-on-Sea,
which separates the Locrian mainland from Euboea.

ロクリス人の本土をエウボイアから隔てる海辺に、冷泉がある。

テーバイのネイスタン門近郊

メノイケウスの墓の柘榴

[9.25.1] XXV. Very near to the Neistan gate at Thebes is the tomb of Menoeceus, the son of Creon.
On the tomb of Menoeceus grows a pomegranate-tree. If you break through the outer part of the ripe fruit, you will then find the inside like blood.

ネイスタン門の近くには、クレーオンの子メノイケウスの墓がある。
血のような柘榴の木が植わっている。

「テーバイド」で、第一次テーバイ攻めに、デイポイの託宣に従って、テーバイ勝利のため、アレースへの犠牲として城壁から、クレオーンの息子メノイケウス(クレオーンの父と同名)が身投げしたという。「テーバイド」サガ詣でのためのアトラクションとしてつくられたか?

テバイ人が葡萄栽培導入

The Thebans assert that they were the first men among whom the vine grew,

テバイ人がはじめて葡萄栽培をギリシアに導入した。

オイディプスの子供らの決闘の趾

[9.25.2] Not far from the grave of Menoeceus is the place where they say the sons of Oedipus killed each other in a duel.

メノイケウスの墓の近くで、オイディプースの子供たちが決闘したという。

「メノイケウスの墓」の近くには、「テーバイド」の一場面、テーバイ王家のオイディプースの子ポリュネイケースとエテオクレースが差し違えた場所が、しつらえてあったのだろう。

ディルケー河

[9.25.3] There is a river called Dirce after the wife of Lycus.

リュコスの妻ディルケーの名で呼ばれる河がある。

カベイロイ信仰

カベイロイの聖所

[9.25.5] Advancing from here twenty-five stades you come to a grove of Cabeirean Demeter and the Maid.
The sanctuary of the Cabeiri is some seven stades distant from this grove.

25スタディオン行くと、カベイロイとデーメーテールとコレーの洞窟に来る。
カベイロイの聖所は、ここから7スタディオンである。

ちゃんとテーバイには、カベイロイの秘儀のための聖所と洞窟があり、デーメーテールとコレーの秘儀もその洞窟で行われていたのだろう。
テーバイ帝室が、カベイロイの秘儀を持込み、デーメーテールとコレーの秘儀も創設した傍証である。

カベイロイ

They say that once there was in this place a city, with inhabitants called Cabeiri;

人々は、かつてカベイロイと呼ばれる人々が住んでいたという。

カベイロイとデーメーテールとプロメテウス

Demeter came to know Prometheus, one of the Cabeiri, and Aetnaelis his son, and entrusted something to their keeping.
the rites are a gift of Demeter to the Cabeiri.

デーメーテールは、カベイロイの一人であるプロメーテウスとその子に秘儀を伝授した。

デーメーテールとコレーの密儀を導入したのは、カベイロイ信者のリーダーでプロメーテウスであったということだろう。

カベイロイ追放

the Cabeiri were expelled from their
homes by the Argives and the rites for a while ceased to be performed.

カベイロイはアルゴス人(おそらくアカイア人)によって追い払われた。

カベイロイの秘儀参入

[9.25.9] For certain private people dared to perform in Naupactus the ritual just as it was done in Thebes, and soon afterwards justice overtook them.

わずかな人だけが、テーバイで行なわれたような秘儀参入をナウパクトスで経験できる。

カベイロイは雷神でもある

[9.25.10] Again, when Alexander after his victory wasted with fire all the Thebaid, including Thebes itself,
Macedonia entered the sanctuary of the Cabeiri,
and were destroyed by thunder and lightning from heaven.

アレクサンドロスはテーバイ人を虐殺し、テーバイを焼き払った。
マケドニア人がカベイロイの聖域に侵入すると、彼らを雷が破壊したという。

カベイロイ(Κάβειροι)とは?

ヘーパイストスとカベイローの息子たちで、フェニキア語のカビリーム(強力なもの)を語源とする神々。

サモトラケーを発祥とする。航海や豊穣の神々であったが、アイオリス諸島に至って火山や冶金の神の属性も加わった。

テーバイに導入され、カドモスとハルモニアーも神格に加わった。

スピンクスの謎かけの山

スピンクスの正体とオイディプースの正体

[9.26.2] Farther on we come to the mountain from which they say the Sphinx, chanting a riddle, sallied to bring death upon those she caught.
until Oedipus overwhelmed her by the superior numbers of the army he had with him on his arrival from Corinth.

スフインクスは謎をかけて人を殺していた。
オイディプースが、大軍を率いてコリントスから討伐するまでは。

スピンクスは、テーバイ近郊の山にたむろしていエジプトから植民したダナオイ人の軍隊であったと想定される。
なにしろ、オイディプースが、コリントスから大軍を率いて討伐したのだから。
智将オイディプースが、知恵でダナオイ軍(スピンクスに投影)を討伐したことの投影である。

「ギリシア本土のトロイア戦争」の緒戦期、テーバイ帝室帝王何代目かのヘーラクレースにして、大王でもあったオイディプースが、ダナオイ軍(アテーナイ軍)に大勝利したのであろう。

オンケストス

[9.26.5] Distant from this mountain fifteen stades are the ruins of the city Onchestus.
dwelt Onchestus, a son of Poseidon.

ここから50スタディオンのところに、オンケストスの廃墟がある。
ここにポセイドーンの息子のオンケストスが住んでいた。

テスピアイ

テスピアイの立地

[9.26.6] Taking a turn left from the Cabeirian sanctuary, and advancing about fifty stades, you come to Thespiae, built at the foot of Mount Helicon.

カベイロイの聖所から50スタディオンで、ヘリコン山麓テスピアイに到着する。

ヘリコン山は、ボイオーティアの最高峰である。1749m。(テスピアイからテーバイへ向う丘陵
ちなみにキタイロン山1409m。しかし横長で16キロに及ぶ。
(南のエレウテライと北のプラタイアを分断している。)

ヘリコン山は、テーバイから西に広がっているボイオーティアの最高峰である。
テーバイから西へ、ヘリコン山の麓をテスピアイからティスベへ向う街道が開通している。
まず、テーバイからヘリコン山を右手に見て出発すると、カベイロイの聖所に来る。
50スタディオン行くと、テスピアイ市である。

テスピアイの解放者ゼウスの聖所

[9.26.7] In Thespiae is a bronze image of Zeus Saviour. They say about it that when a dragon once was devastating their city, the god commanded that every year one of their youths, upon whom the lot fell, should be offered to the monster.
Thespians the custom of worshipping Love more than any other god I do not know.

テスピアイには、解放者ゼウスの聖所がある。毎年一人の若者を人身御供を要求していたドラゴンを退治したので、テスピアイ人に大変愛されている。

テスピアイがテーバイに反抗していた時、テーバイ帝室の代官であるスパルトイの一人(ドラゴン)が、統治していたのかもしれない。

テスピアイ人のエロス信仰

[9.27.1] XXVII. Of the gods the Thespians have from the beginning honored Love most,
Thespians the custom of worshipping Love more than any other god I do not know.
Hesiod, or he who wrote the Theogony fathered on Hesiod, writes, I know, that Chaos was born first, and after Chaos, Earth, Tartarus and Love.

テスピアイ人は、太古からエロスをもっとも崇拝していた。
ヘシオドスによると、
カオスが最初、ガイアとタルタロスとエロスを生んだという。

テスピアイは、エロス信仰のメッカである。
エロスは、ヘーシオドスによるとたいへん古い神で、万物生成のポジティブエネルギーであったのだろう。

ヘーラクレース信仰

[9.27.6] At Thespiae is also a sanctuary of Heracles.

テスピアイにはヘーラクレースの聖域がある。

テスピアイがテーバイ帝室に臣従するなかで、テスピアイの貴族の娘とテーバイ帝室の貴族の男性(ヘーラクレースに投影)が集団結婚式を行ったか。

ヘリコン山

肥沃なヘリコン山

[9.28.1] XXVIII. Helicon is one of the mountains of Greece with the most fertile soil and the greatest number of cultivated trees.

ヘリコン山はギリシアのうちで最も肥沃な山のひとつである。最も多くの樹木を育てている。

テーバイ帝室の栄えた理由の一つかもしれない。

植物学もフェニキア人

I learnt from a Phoenician that the roots they eat make more venomous the vipers in the highland of Phoenicia.

私は、フェニキア人から毒蛇の毒より強い、フェニキアの高地に生える根について教わった。

アスクラ

ヘーシオドスの父レスボス島の南東のアナトリア半島のキュメから移住して来た土地。
ヘーシオドスの生誕の地
立地はテスピアイのすぐ北西。

アスクラの建設者とムーサイ(Μοῦσαι)の聖所

[9.29.1] XXIX. Such is the truth about these things. The first to sacrifice on Helicon to the Muses and to call the mountain sacred to the Muses were, they say, Ephialtes and Otus, who also founded Ascra.

ヘリコン山のミューズを最初に祀ったのは、アスクラの建設者エピアルテスとオトスである。

ヘリコン山は、ムーサイ(Μοῦσαι)の聖所である。
ムーサイのメッカのアスクラの建設者は、エピアルテスとオトスである。

地震の神ポセイドン

And again with Ascra lay Poseidon Earth-shaker,
Ascra, which lies at the foot of Helicon, rich in springs. Hegesinus, Atthis, unknown location.

アスクラには、地震の神ポセイドンも祀られている。
ヘリコン山麓のアスクラには、たくさんの泉が湧く。

ムーサイ(ミューズ)

カリッポスの『オルコメノス史』のミューズ神話

カリッポスの『オルコメノス史』

But Callippus of Corinth in his history of Orchomenus uses the verses of Hegesinus as evidence in support of his own views, and I too have done likewise, using the quotation of Callippus himself.

コリントスのカリッポスは、彼の『オルコメノス史』の中で、ヘゲシノスを引用している。

ミューズは最初3人

The sons of Aloeus held that the Muses were three in number, and gave them the names of Melete (Practice), Mneme (Memory) and Aoede (Song).

アイオリスの息子たちが挙げているミューズは3人だけである。
メレテー(実践)、ムネメー(記憶)、アイオデー(歌唱)である。

九柱のミューズ

Pierus, a Macedonian, after whom the mountain in Macedonia was named, came to Thespiae and established nine Muses, changing their names to the present ones.

一人のマケドニア人ピエロスは、テスピアイに来て、九柱のミューズを確立した。

ピエロス王の娘か

[9.29.4] There are some who say that Pierus himself had nine daughters, that their names were the same as those of the goddesses,

ピエロス王自身が九人の娘を持っていたともいわれている。

竪琴音楽の起源とオルペウス神話

ヘルメースVSアポローン

There is also on Helicon a bronze Apollo fighting with Hermes for the lyre.

ヘリコンにはブロンズのアポロン像がある。竪琴をめぐってヘルメスと争う。

二人のリノス

[9.29.9] other visions induced him to send the bones of Linus back to Thebes.
Other tales are told by the Thebans, how that
than this Linus there was born another, called the son of Ismenius, a teacher of music, and how Heracles, while still a child, killed him.

古いリノスとは別に、
イスメニオスの子リノスがおり、ヘーラクレースの音楽教師で、彼に殺されたと言う。

リノスという音楽の祖があり、新しいリノスというヘーラクレースの音楽教師もいた。

オルペウス神話

There are many untruths believed by the Greeks, one of which is that Orpheus

たくさんの嘘がオルペウスについて語られている。

魔笛の世界

that the beasts followed him fascinated by his songs, and that he went down alive to Hades to ask for his wife from the gods below.

その中には、彼の歌には動物も従ったというのがある。妻を求めて冥界に下ったという話も。

オルペウスは、テーバイ帝室に仕えたディオニューソス信仰の創作者だったのではないか。
地下下りの秘儀や、『魔笛』にあるフリーメーソンに受け継がれた、音楽の波動で、物を運んだり、動物をコントロールしたりする秘儀も、彼がカベイロイの秘儀を洗練させたものだったのかもしれない。

トラキアの女たちに裂かれた?

[9.30.5] But they say that the women of the Thracians plotted his death,

トラキアの女たちが彼の死の原因だという説がある。

オルペウスの死因の有名なものは、トラキアの女たちに引き裂かれた説。
これも、秘儀を漏らしたからか。

秘儀を洩らしたオウペウス落雷で死ぬ

Some say that Orpheus came to his end by being struck by a thunderbolt, hurled at him by the god because he revealed sayings in the mysteries to men who had not heard them before.

一説にはオルペウスは、明かしてはならない秘儀を洩らしたため、雷に打たれて死んだという。

雷に打たれて死んだ。原因は、秘儀を漏らしたから。

ピエリア山麓のディオンが終焉の地?

[9.30.7] The Macedonians who dwell in the district below Mount Pieria and the city of Dium say that it was here that Orpheus met his end at the hands of the women.

マケドニア人は、ピエリア山の麓のディオンで、オウペウスは女たちによって生を終えたという。

ランプサコスの人はオルペウス信者

but by the people of Lampsacus he is more revered than any other god, being called by them a son of Dionysus and Aphrodite.

ランプサコスの人は、特にオウペウスを尊崇し、ディオニュソスとアプロディテの子という。

ヘリコン山の麓(ヘーシオドスの生誕と終焉の地)

ヘシオドスが得た鼎

[9.31.3] On Helicon tripods have been dedicated, of which the oldest is the one which it is said Hesiod received for winning the prize for song at Chalcis on the Euripus.

ヘリコン山には、ヘシオドスが獲得した鼎が捧げられている。

ベレロポーンの失墜地

Ascending about twenty stades from this grove is what is called the Horse’s Fountain (Hippocrene). by the horse of Bellerophon striking the ground with his hoof.

ヒッポクレネの泉がある。ベレロポーンが打ち落とされた場所である。

ベレロポンテースの失墜地が、アナトリア半島ではなく、ボイオーティアにあるという伝承は、意味深長である。
「ギリシア本土」とアナトリア半島の並行性の傍証となる。

ヘシオドスの墓

[9.31.6] Opposite stories are also told of Hesiod’s death.

ヘリコン山の麓は、ヘーシオドスの終焉の地の候補地の一つ。

ナルキッソスの泉

In the territory of the Thespians is a place called Donacon (Reed-bed). Here is the spring of Narcissus.

テスピアイの地域に、ナルキッソスの泉がある。

ナルキッソス(水仙)の信仰地もテスピアイである。
女ぎらいのナルシストは、エロス恋愛者と通じるものがある。

ティスベ

ティスベ

[9.32.2] Sailing from Creusis, not out to sea, but along Boeotia, you reach on the right a city called Thisbe.

クレウシス港からボイオティアに沿って航行すると、ティスベに来る。

ティスベは、テーバイ街道をテスピアイーアスクラーティスベと行った先にあり、ティスベ湾から北上した先にある。

ヘラクレア

Here there is a sanctuary of Heracles with a standing image of stone, and they hold a festival called the Heracleia.

ここはヘーラクレースの聖地でヘラクレアという祀りが開催される。

ティスベにもヘーラクレースの聖所がある。
ヒッタイトの神テリピヌ、フルリ語のテシュプが、テスピアイやティスベの語源であるとの説がある。(バナール氏など)
ヒクソスの植民都市だった可能性あり。

ティスベの命名

Thisbe, they say, was a nymph of the country, from whom the city has received its name.

ティスベは地元のニュンフの名だ。

アルゴ号の停泊所(ティスベ港)

They point out also the place before the city where they say Argo anchored on her return from Colchis.

彼らは、ここティスベが、アルゴ号がコルキスから帰国して停泊した場所だという。

つまり、アルゴ号は、アウリス港から出発し、小アジア方面(エーゲ海方面)を植民し、西地中海を回って、ボイオーティアの東のティスベ港に帰還したと想定できる。
アルゴ号は、テーバイ帝室の本拠ボイオーティアから出て、ボイオーティアに帰還したわけだ。

ハリアルトス

テスピアイから内地に入るとハリアルトス

[9.32.5] As you go inland from Thespiae you come to Haliartus.

テスピアイから内陸部へ行けば、ハリアルトスに着く。
ハリアルトスは、コパイス湖の南の古来の都市。ペロポンネーソス戦争で、ハリアルトスの戦いの舞台。ライサンダー(リュサンドロス)がテーバイと戦った。

テスピアイから内陸部へ北上すれば、コパイス湖畔に着く。そこが、ハリアルトス
ペロポンネーソス戦争時、ハリアルトスの戦いが起こった舞台である。
テーバイ軍が、リュサンドロス率いるラケダイモーン軍を打ち破った。

ハリアルトス焼き討ち

At the Persian invasion the people of Haliartus sided with the Greeks, and so a division of the army of Xerxes overran and burnt both their territory and their city.

ペルシア人の侵入時、ハリアルトスはギリシア方に味方し、クセルクセスに焼き払われた。

ライサンダー(リュサンドロス)

[9.32.6] Lysander in some ways is worthy of the greatest praise, in others of the sharpest blame.

ライサンダーはある意味賞賛に値する。

ハリアルトスのリュサンドロスの墓

[9.33.1] XXXIII. In Haliartus too there is the tomb of Lysander and a hero-shrine of Cecrops the son of Pandion.

ハリアルトスにはリュサンドロスの墓と社もある。
パンディーオーンの子ケクロプスの社もある。
(ペロポネソスの勝利者リュサンドロスは、テーバイにハリアルトスの戦いで敗れ戦死した。)

ラケダイモーン王が、テーバイに楔を討つため、リュサンドロスの墓と社を建造した。

ティルプサの泉

Mount Tilphusius and the spring called Tilphusa are about fifty stades away from Haliartus.

ティプシオス山とティルプサの泉は、ハリアルトスから50スタディオンである。

テレシアスの娘マントー

[9.33.2] They say that the daughter of Teiresias was given to Apollo by the Argives, and at the command of the god crossed with ships to the Colophonian land in what is now called Ionia.

テレシアス(盲目の長命の予言者・7年女性になった)の娘は、アルゴスによってアポローンの巫女にされたが、アポローンによってコロポスに巫女として派遣された。

「テーバイド」でテーバイが陥落すると、テーバイ側の予言者テレシアスの娘メントーは、デルポイのアポローンの巫女になったが、コロポン王に嫁いだ。
明らかに、捕虜としてでなく、テーバイ帝室の一族の一人としてであろう。

アラルコメナ

アラルコメナの名祖

[9.33.5] Alalcomenae is a small village, and it lies at the very foot of a mountain of no great height.
an aboriginal, by whom Athena was brought up; others declare that Alalcomenia was one of the daughters of Ogygus.

アラルコメナは丘のふもとの小さな町である。
アラルコメナアテナによって養育されたが、ある者によれば、土着民の王オギュゴスの娘の一人であった。

バナール氏を借用すると、ダナオイ人以前のエジプトからの植民の土地というこうとになろうか。
コパイス湖に沈んだアテーナイも、それらの植民の痕跡と見ることもできる。
アラルコメナは、エジプトから来たアテーナー信者によって築かれた村であろう。

トリトン川

They call it Triton, because the story is that beside a river Triton Athena was reared, the implication being that the Triton was this and not the river in Libya, which flows into the Libyan sea out of lake Tritonis.

トリトン川は、こちらが本当で、リビアのトリトニス湖に発してリビア海にそそぐトリトン川ではないと、彼らはいう。

バナール氏を借用すれば、これもこの最初期のエジプト・リビュアからの植民の痕跡であろう。
アラルコメナは、トリトニス湖畔のリビュア人のアマゾーン信者エジプトのネイト信者の集団が築いた町であろう。
リビュアのトリトニス川を取って名づけた。

コロネイアへの途上、イオニアのアテナの聖所

[9.34.1] XXXIV. Before reaching Coroneia from Alalcomenae we come to the sanctuary of Itonian Athena.

アラルコメナからコロネイアに達する前に、イオニアのアテナの聖所につく。

セイレーンたち(ヘーラーの侍女たち?)

セイレーン(Σειρήν)たちは、アケローオス(Ἀχέλῷος)川とアイトーリアー王家の混血

A little lower down is a sanctuary of Hera with an ancient image, the work of Pythodorus of Thebes; in her hand she carries Sirens. For the story goes that the daughters of Achelous were persuaded by Hera to compete with the Muses in singing. The Muses won, plucked out the Sirens’ feathers (so they say) and made crowns for themselves out of them.

近くのヘーラーの聖域には、テーバイのピュトドロスの手になる古い像がある。
彼女は、手にセイレーンたちを持っている。
アケローオスの娘たちであるセイレーンたちは、ヘーラーによって、ミューズと競技するよう説得され、負けて、皮を剥がれてミューズの冠になったという。

セイレーンたちは、アケローオス川(Ἀχέλῷος)の娘の人魚たちで、アイトーリアー人の王女である。
アケローオス川とカリュドーン王ポリュターオーンの娘の間の王女たち
テーバイ帝室のヘーラーの庇護にあった。

オルコメノスの歴史

古都オルコメノス王家

祖王アンドレオス

祖王アンドレオス

[9.34.6] Over against Mount Laphystius is Orchomenus, as famous a city as any in Greece.

古都オルコメノスは、もっとも繁栄した都市のひとつであった。

They say that Andreus, son of the river Peneius, was the first to settle here, and after him the land Andreis was named.

彼らはいう。アンドレウス(Ἀνδρεύςこそ最初の祖王で、ペーネイオス川(Πηνειόςの子である。この土地は、彼に因んで、アンドレーイスと呼ばれた。

二つのオルコメノス(Ὀρχομενός)とアイオリス王家とテーバイ帝室

オルコメノスは、ボイオーティア地方ペーネオス川の流域のオルコメノスと、
アルカディア地方ペネオス市(Φένεοςの南のオルコメノス市がある。

このアルカディアのオルコメノスの領域も、キュレネ山脈のふもとで、アルカディアで一番古く発達した豊穣の領域である。
ステュムパーロス湖があるステュムパーロスを東に、その西にペネオス、その南がオルコメノスである。

北の山から2つの小川が流れ、谷の中央で合流している。
南の山には開口部はないが、合流した川の水は、地下水路(カタヴォトラ, Καταβόθρα)によって運ばれ、地下を流れた後、ラドン川の水源として再び現れる。
初期の住民はこの川の水を単一の水路で地下水路に流すために、長さ50スタディオン、幅9メートル(30フィート)の運河を建設した。
この運河は、ヘーラクレースが建設したという伝承がある。
この痕跡は、現代にも残っている。

これが、ヘーラクレースの功業に投影されているのだろう。
アルカディアにも、「生え抜き」のペラスゴイの王ステュムパーロスが統治しており、テーバイ帝室(ヘーラクレース)が、技術提供して、運河を開鑿したのであろう。

これは、テッサリアのオルコメノスにもあてはまる。
テッサリアのオルコメノスの歴史は、地元のアイオリス人に、テーバイ帝室が技術提供して、豊穣の土地にした歴史が、投影されていると思われる。
祖王は、「生え抜き」のジモティーで、それがペーネイオス川の子アンドレウスであったが、
あきらかに、アイオリス王家が、征服し、そこに移住してきたカドモス一党(テーバイ帝室)と、通婚して、共存共栄し、高い技術提供を受けるが、確執し、オルコメノスーテーバイ戦争へ発展していく。

アイオリス王家アタマースの征服

アタマースの借地

[9.34.7] When Athamas joined him, he assigned to him, of his own land,
Athamas, thinking that none of his male children were left, adopted Haliartus and Coronus, the sons of Thersander, the son of Sisyphus, his brother.

アイオリス王家のアタマースが、共住するようになると、アンオレオスは、アタマースに土地の管理を任せた。アタマースは、男の世継ぎを残さなかったので、ハリアルトスコロノスを養子にした。シーシュポスの息子のテルサンドロスの子供たちである。

アタマースは、先妻ネペレーとの間にプリクソスとヘレーを作ったが、テーバイ帝室に殺された
自らは、北へ放浪し、三度目の妻テミストーとの間に、レウコーンを作る。
しかしすべて死んだと思い、古都オルコメノスを、同族のアイオリス系のシーシュポスの息子のテルサンドロスの息子たちハリアルトスコロノスを養子にして譲った。
ハリアルトスコロノスは、明らかに都市名からつくられた名祖であろう。
シーシュポスが、勢力家で、強大な王であったというファクトが背景にあるようである。
ただし、シーシュポスの息子がテルサンドロスというのが気になる。
これは、テーバイ帝室のテルサンドロスを投影していると、高い可能性で想定できる。
つまり、オルコメノスは、テルサンドロスの時代、完全にテーバイ帝室治下に入ったということだろう。

テーバイ帝室による征服:ハリアルトスとコロノス

[9.34.8] When later Phrixus himself, according to some, or Presbon, according to others, returned from Colchis – Presbon was a son of Phrixus by the daughter of Aeetes – the sons of Thersander agreed that the house of Athamas belonged to Athamas and his descendants, while they themselves became founders of Haliartus and Coroneia, for Athamas gave them a part of his land.

後にプリクソス、もしくはあるものは、プレスボーンというが、コルキスから帰還した。
(プレスボーンは、アイエーテースの娘によってプリクソスに生れた子である)。
テルサンドロスの息子たちは、アタマース家は、アタマースの子孫に属することを認め、
自分たちは、オルコメノスを退いて、新都市ハリアルトスとコロネイアを建設した。
(ハリアルトスとコロネイアは、コパイス湖を挟んで南の対岸にある)

アイオリス王家のアタマースが、ジモティーのアンドレオス王からオルコメノスの土地を任された。しかし、アタマースは、自分がネペレーとの間につくったプリクソスとヘレーは、コルキスへ行き、イーノーの子レアルコスとメリケルテースは、自ら殺し、テミストーの子レウコーンも死ぬ。
そのため兄弟のシーシュポスの子テルサンドロスの子であるハリアルトスとコロノスに譲ったというのである。
これは、シーシュポスの子といいながら名前は、テーバイ帝室のテルサンドロスであるために、テーバイ帝室が介入し、アタマースを追放して、オルコメノスを占領したと取るべきだろう。
テーバイ帝室は、は、コパイス湖の北岸のオルコメノスを首都として、コパイス湖を干拓し、穀倉地帯をつくり出して繁栄させた。
そのため南岸に、新都市ハリアルトスコロネイアも建設した。
アラルコメナやコパイス湖中に没したアテーナイを築いたと仮定できる前3000年ごろにエジプトから植民したアムピーオーンに投影されるエジプト人をほぼ完全殲滅したであろう。
エジプト人は、コパイス湖の氾濫で絶滅したのかもしれない。

実のオルコメノスの祖王はアンドレウス

アンドレウスとレウコンの子エテオクレース王

[9.34.9] Even before this Andreus took to wife from Athamas Euippe, daughter of Leucon, and had a son, Eteocles.

これより以前に、このアンドレウスは、アタマース家のレウコンの娘エウイッペーを娶り、生れた子が、エテオクレース王である。

実際のオルコメノスの「生え抜き」の祖王は、ぺーネオス川の息子アンドレウス王である。

アタマースは、テッサリアから南下して来たアイオリス人であり、アイオリス人のアタマースの子レウコンの娘エウイッペーと、オルコメノスの「生え抜き」の王アンドレウスの結合からうまれた王エテオクレースが、オルコメノスを文明化した王である。
これまた、エテオクレースもテルサンドロスより先祖のテーバイ帝室の帝王である。

オルコメノスの大王エテオクレースの正体

ケーピーソス川の子

According to the report of the citizens, Eteocles was the son of the river Cephisus,

オルコメノスの市民の報告によると、エテオクレースケーピーソス川の息子といわれる。

オルコメノスは、ケーピーソス川がコパイス湖に注ぐ北岸の都市である。
ケーピーソス川の子には、オルコメノス王エテオクレースの外に、ナルキッソス(水仙)もいる。
同名の川は、アルゴリス地方にもあり、ポセイドーンとヘーラーの争いに、ヘーラーに凱歌を挙げた地元の王である。

実は、オルコメノスの大王エテオクレースは、アイオリス王家のアタマースの娘とは縁もゆかりもない、アンドレウス王と同じく、地元「生え抜き」の王の投影であろう。
それが、ケーピーソス川の息子という意味である。
川は、ジモティーの投影であるから。

ケーピーソス(Κηφισός)川の正体

ボイオーティアの河神、アルゴリスの河神、アッティカの河神がある。

ボイオーティアの河神は、ボイオーティアを流れるケーピーソス川の化身であり、
子供に、古都オルコメノスの大王エテオクレースと、ナルキッソス(水仙)がいる。
テーバイ帝室と共闘した地元の豪族の投影であろう。

アルゴリスの河神は、ヘーラーとポセイドーンのアルゴス争奪に際して、イーナコス川とともに、ヘーラーにアルゴスを渡した裁定を行なった地元の豪族の投影である。
ここでも、テーバイ帝室と共闘した豪族である。

アッティカの河神は、アテーナイ王エレクテウスと結婚して、ケクロプス、メーティーオン、クレウーサを生むプラークシテアーの祖父である。

このアッティカの河神ケーピーソスの孫娘プラークシテアーは、テーバイ帝室が派遣したか認定したエレクテウス王との間に、テーバイ帝室系のアテーナイ王の系譜の祖メーティーオンとクレウーサを産んでいる。

このエレクテウスの娘クレウーサは、コリントスの王女クレウーサつまり、コリントス王クレオーンの娘グラウケと同一視されている。
つまり、コリントス王クレオーンは、アテーナイの藩王エレクテウスと同じ、コリントスの藩王ということであろう。

何より、エテオクレースという名前が、テーバイ帝室の大王オイディプースの二人の息子の一人テーバイ王を継いだエテオクレースを投影していると思われることから、テーバイ帝室の影響力を感じる。

三美神祭儀の創始

[9.35.1] XXXV. The Boeotians say that Eteocles was the first man to sacrifice to the Graces.

ボイオティア人は、エテオクレースが初めて三美神を崇拝したという。

シーシュポスの子ハルモスへ禅譲

エテオクレースからハルモスへ

[9.36.1] XXXVI. When Eteocles died the kingdom devolved on the family of Almus.

エテオクレースが死ぬと王国は、ハルモスに託された。

地元の王家アンドレウスの相続人エテオクレースは、アイオリス人シーシュポスの子ハルモスオルコメノスの支配権を禅譲した。
このハルモスも地名から逆算された名祖であろう。

ここに来て、テーバイ帝室の帝王エテオクレースが、「テーバイド」の中で、お家騒動で死ぬと、オルコメノスの土地を、アイオリス人が占有したという投影であろう。

好戦的なプレギュアース(Φλεγύας)

ハルモスの娘クリュセーとアレースの子プレギュアース

Tradition has it that Chryse, daughter of Almus, had by Ares a son Phlegyas, who, as Eteocles died childless, got the throne.

伝説は、ハルモスの娘クリュセが、アレースによってプレギュアースを生んだと言う。
エテオクレースが子供を作らず死んだとき、オルコメノスの土地の王権を譲り受けた。

[9.36.2] and besides the originally founded city of Andreis, Phlegyas founded another, which he named after himself, collecting into it the best soldiers in Greece.

「生え抜き」によって建設されたアンドレイスの横に、プレギュアスは、自分の名にちなんだ都市も建設し、よい兵士たちを集めた。

アイオリス系のシーシュポスの子ハルモスの孫であるプレギュアースは、アレースの子と呼ばれるほど好戦的で荒々しい性格であった。

プレギュア人は好戦的

[9.36.3] That the Phlegyans took more pleasure in war than any other Greeks is also shown by the lines of the Iliad dealing with Ares and his son Panic:–

プレギュアイは、もっとも好戦的で、つねにアレースとその子パニックを崇拝していた。

無法者ポーキス人は、プレギュアース人(プレギュアイ)の生き残り

プレギュア人、雷で滅ぼされ生き残りがポーキスへ

The Phlegyan race was completely overthrown by the god with continual thunderbolts and violent earthquakes.
but a few of them escaped to Phocis.

プレギュアース人(プレギュアイ)は、涜神の罪によって、神によって雷と地震で滅ぼされたが、少数がポーキスへのがれた。

プレギュアース人(プレギュアイ)は、プレギュアースの直系であったが、涜神によって滅ぼされたが、一部がポーキスに逃れて、涜神のポーキス人の祖となった。

ミニュアースとミニュアン人

クリューセースが継承

[9.36.4] Phlegyas had no sons, and Chryses succeeded to the throne,

プレギュアースは子なしで、クリュセースが王座を継承した。

プレギュアースの娘コローニスは、アポローンに愛されて、アスクレーピオスを生むという神話がある。プレギュア人のような荒々しさから、アスクレーピオスは想像しづらい。
もちろんアポローンの子自体が後付けで、元ネタはエシュムンである。

一方クリュセースは、ハルモスの娘でクリューセーの妹クリューソゴネイアとポセイドーンの子である。

つまりアレース信者のアイオリス人(プレギュアース人)は、オルコメノスから追放され、ポーキスに逃れ、荒くれのポーキス人となった。
一方、ポセイドーン(シドンの神)信者のアイオリス人(後のミニュアン人)は、オルコメノスの王家を継承した。
しかし、プレギュアース一門であることには違いない。
プレギュアース人(プレギュアイ)は、アレース信者のアイオリス人、
クリュセースの子ミニュアースが祖のミニュアン人は、ポセイドーン信者のアイオリス人である。

クリューセースの子ミニュアース

This Chryses had a son called Minyas, and after him the people over whom he ruled are still called Minyans.

クリュセースは、ミニュアース(Μινύες)という名の子がいた。彼にちなんで彼らは、ミニュアン人と呼ばれた。

つまり、ミニュアン人とは、オルコメノスの王家ではあるが、シーシュポスの子アタマースの家系ではなく、シーシュポスの子ハルモスの孫プレギアースの子孫でもなく、シーシュポスの子ハルモスの孫クリューセースの子孫である。
あまり、区別する必要なさそうである。
要は、アイオリス人のシーシュポスの子孫であり、地元の荒々しい血を含んだ野蛮な連中であるが、基本テーバイ帝室と確執しつつも、共闘していた人々である。

オルコメノスの名祖オルコメノス

オルコメノスはミニュアースの子

[9.36.6] Minyas had a son Orchomenus, in whose reign the city was called Orchomenus and the men Orchomenians.

ミニュアースは、オルコメノスという息子を持った。
建設した都市は、彼にちなんでオルコメノスと呼ばれ、住民はオルコメノス人と呼ばれた。

アルゴスからハイエトスを迎える

ハイエトスとは?

To this Orchomenus during his kingship came Hyettus from Argos, who was an exile because of the slaying of Molurus, son of Arisbas,
And Hyettus killed Molurus, the dear son of Arisbas,

このオルコメノスを頼って親族のハイエトスがアルゴスから逃れてきた。
アルゴスでは、アリスバの息子モルルスが殺戮を行なっていたから。
ハイエトスは、アリスバの息子モルルスを討った。

この話のソースは、ヘーシオドスの『メガライ・エホイアイ』(Μεγάλαι Ἠοῖαι)である。
有名な女性と、その女系でつなぐ系譜である。

アルゴスのアリスバの息子モロウロスは、ハイエトスの妻と姦淫をして、ハイエトスに殺された。
そのためハイエトスがアリスバに追及された。
このアリスバは、『イリアス』で、トロイア戦争でアイネイアスに殺されたレイオクリトスの父である。

アルゴリス地方が、アカイア人に襲撃された時代の、「ギリシア本土のトロイア戦争」の序盤の一幕の投影であろう。
アルスバーモロウロスは、アカイア側で、アイネイアス(トロイア人)に息子を殺されている。
ハイエトスは、アイオリス系であろう。

姦淫の罪創設

[9.36.8] This Hyettus was the first man known to have exacted punishment from an adulterer.

このハイエトスは、初めて姦通罪を創設したことで知られる。

ドラコンの姦淫罪の起源

when Dracon was legislator for the Athenians, it was enacted in the laws which he drew up for the Athenians that the punishment of an adulterer should be one of the acts condoned by the State.

ドラコンが、アテナイで姦通罪を創設したとき、このハイエトスの起源に倣った。

アテーナイのドラコンは、アルカイク時代から古典期のアテーナイを支配したアイオリス系(ピュロス系)の王族・貴族出身であろう。

イアシウスの子アムピーオーンとは?

ミニュアン人アムピーオーンの娘クロリスとネレウスが結婚

So high did the reputation of the Minyans stand, that even Neleus, son of Cretheus, who was king of Pylus, took a wife from Orchomenus, namely Chloris, daughter of Amphion, son of Iasius.

ミニュアン人の名声が高まったため、ピュロスの王ネーレウスは、オルコメノスの王イアシウスの子アムピーオーンの娘クローリスと結婚した。

一番有名なアムピーオーンは、テーバイ王家を簒奪したニュクテウスの子で、テーバイの簒奪王朝の王である。
このアイオリス系ピュロスのネレウスの妻クローリスの父のアムピーオーンは、オルコメノスの王ミニュアン人であり、あきらかに、テーバイのアムピーオーンとは別人である。
したがって、アポローンとアルテミスに殲滅されたアムピーオーンの娘は、一人も生き残らなかったと読む。
つまり、アイオリス人のピュロスのネーレウスと結婚したのは、テーバイの簒奪者アムピーオーンではなく、オルコメノスの王であるアイオリス系のアムピーオーンの娘クローリスであったのだ。

クリュメノス(Κλύμενος)とは?

オルコメノスはクリュメノスへ禅譲

For Orchomenus left no child, and so the kingdom devolved on Clymenus, son of Presbon, son of Phrixus.

オルコメノスは子なしだったので、プリクソスの子プレスボンの子クリュメノスが継いだ。

プリスクソスは、アタマースが土着の女ネペレー「雲」との間に作った子であり、土着系アイオリス人。
テーバイ帝室のイーノー(ヘーラー)の手を逃れ、コルキス王アイエーテースの娘カルキオペーとの間に、プレスボンをつくった。(母はメーデイアの姉妹)。
クリュメノスは、そのプレスボンの子。つまりアタマースの孫の子である。
ここに来て、オルコメノス王家の血筋が、アタマースの家系にもどった

このクリュメノス(Κλύμενος)の名は、ヘーラクレース(῾Ηρακλής)クレース(有名な)とは違って、「悪名高い」の意味である。
あきらかにテーバイ帝室視点で、「テーバイーオルコメノス戦争」は描かれているのである。

テーバイーオルコメノス戦争

クリュメノスのテーバイ人による殺害

Clymenus was murdered at the feast of Onchestian Poseidon by men of Thebes, whom a trivial cause had thrown into a violent passion.

クリュメノスは、オンケシアン・ポセイドーンの祭のとき、一テーバイ人に殺害された。

オルコメノス人戦争に勝利し、テーバイから賠償を取る

[9.37.2] Immediately he and his brothers gathered a force and attacked Thebes. Victorious in the battle, they then came to an agreement that the Thebans should pay tribute each year for the murder of Clymenus.

クリュメノスの兄弟テーバイに戦争を仕掛けて勝利した。
テーバイから毎年、クレメノス王の血の償いの貢納を要求した。

テーバイの英雄ヘラクレス

when Heracles had grown to manhood in Thebes, the Thebans were thus relieved of the tribute, and the Minyans suffered a grievous defeat in the war.

ヘラクレスはテーベで成長し、(実はカドモス王家)、戦争でミニュアン人を打ち負かし、貢納を廃止させた。
(カドモス時代からの土着ミニュアン人との確執にようやく決着がつく。)

ヘラクレスのケピソス迂回工事

[9.38.7] The Thebans declare that the river Cephisus was diverted into the Orchomenian plain by Heracles, and that for a time it passed under the mountain and entered the sea, until Heracles blocked up the chasm through the mountain.

テーバイ人はいう。ケーピーソス川はヘラクレスが、通路をふさいでオルコメノス平原に迂回させるまでは、山の下を通っていたという。
(治水工事をしたヘラクレスの伝承)

オルコメノスとい名前の古都は、ボイオティアとアルカディアにあるが、両方に、
ヘーラクレースが開鑿した地下水路(カタヴォトラ, Καταβόθρα)がある。
両方とも、テーバイ帝室が開鑿したと想定される。

レバデイア

レバデイアの立地

[9.39.1] XXXIX. On the side towards the mountains the boundary of Orchomenus is Phocis, but on the plain it is Lebadeia.

オルコメノスの山側の境界はポーキスであるが、平野側の境界はレバディアである。

トロポニウスの洞窟

[9.39.2] The city is no less adorned than the most prosperous of the Greek cities, and it is separated from the grove of Trophonius by the river Hercyna.

忘却の水と想起の水

[9.39.8] Here he must drink water called the water of Forgetfulness, that he may forget all that he has been thinking of hitherto, and afterwards he drinks of another water, the water of Memory, which causes him to remember what he sees after his descent.

ここで彼は忘却の水を飲まないといけない。
想起の水は、地下で見たものを思い出させる。

地下参入者

[9.39.11] The descender lies with his back on the ground, holding barley-cakes kneaded with honey, thrusts his feet into the hole and himself follows, trying hard to get his knees into the hole.

デメトリオスの名の意味

[9.39.12] They say that no one who has made the descent has been killed, save only one of the bodyguard of Demetrius.

地下へ行った者の誰も殺されていない。
デメテルの神官のボディガードが一人いるだけである。
デメトリオスという名前は、「デメテルに捧げられた」という意味なのだ。)

トロポニオスの地下下りの秘儀

[9.39.14] What I write is not hearsay; I have myself inquired of Trophonius and seen other inquirers.

私はうわさを語っているのではない。自分でトロポニオスの地下下りの秘儀に応募して体験したことを語っている。

カイロネイア

カイロンに由来

The present name of Chaeroneia, they say, is derived from Chaeron, reputed to be a son of Apollo by Thero, a daughter of Phylas.

現在のカイロネイアの都市名は、カイロンに由来する。
ピュラースの娘テュローとアポロンの子といううわさの。

キュプロス島のアマトス市

キュプロス島のアマトス市

In Cyprus is a city Amathus, in which is an old sanctuary of Adonis and Aphrodite.

キュプロス島に、アマトスという都市がある。そこは古いアプロディテとアドーニスの聖域がある。

ハルモニアのネックレス

is dedicated a necklace given originally to Harmonia,

(母であるアシュタルテに)ハルモニアーに由来するネックレスが捧げられている。

ハルモニアの首飾りは、エメラルドと黄金製

For the necklace at Amathus is composed of green stones held together by gold, but the necklace given to Eriphyle was made entirely of gold, according to Homer,

アマトス市の聖域で見たネックレスは、緑の石と黄金でできていた。
しかし(うそつき)ホメロスは、エリピュレがもらったハルモニアの首飾りは金だけでできていたといっている。
(実際、フェニキア人は、神殿も黄金とエメラルドの柱なので、この首飾りも黄金とエメラルドのアマトス市のアシュタルテ神殿に奉納されたものが本物だろう。ホメロスは実物を見ず(盲目なので見れないが)嘘を語ったのだ。)

コメント