本の情報
著者:ホメロス
訳者:松平千秋
発行:岩波書店/岩波文庫
第一歌
アカイア人の王と勇将の仲違い
「怒りを歌え、女神よ、ペレウスの子アキレウスのーアカイア勢に数知れぬ苦難をもたらし、……
はしめアトレウスの子、民を統べる王アガメムノンと勇将アキレウスとが、仲違いして袂を分かつときより語り起して、歌い給えよ。
p11
〔註〕アカイア人
ギリシア軍の総称。ダナオイ勢とかアルゴス勢などともいわれ、みな同義である。
p393
アカイア人・ダナオイ人・アルゴス人を「同義」とする立場=『イリアス』の立場
アカイア人:アヒヤワの残党。ギリシアに何の文化も残さなかった無法者集団
ダナオイ人:エジプトに「タナヤ」、ヘブライ語の「ダン族」で、「前1200年のカタストロフ」以前、ギリシア本土を統治したテーバイ帝室系の呼称を、アカイア人と古アテーナイ人のペリクレスのアテーナイ捏造班が「接ぎ木」により、簒奪した名称。ギリシア人の古い呼び名。
アルゴス人:アカイア人の集団が、侵入した時、テーバイ帝室系の首都があったミュケナイ・ティリンス・アルゴスの三都を中心とするテーバイ帝室(ヘーラクレース帝国)の三都の一つ。
三都は、カドメイア(テーバイのアクロポリス)、ミュケナイ(アルゴスのアクロポリス)、アミュクライ(ラケダイモーンのアクロポリス)である。
ペロプスの末裔=アカイア人の王家アトレウス家が、テーバイ帝室に強制婿入りして、ダナオイ人の王となった時の首都アルゴスを取ってアルゴス人。主神ヘーラーも引き継いだ。
アカイア人の主神は、ペロプスの先祖にあたるポセイドーンである。ギリシア本土に入ってからヘーラーも主神とした。
洞なす船
「老いぼれよ、……この洞なす船の傍らで……
p12
〔註〕koilos=「うつろの」船とは?
koilosはふつう「うつろの」と訳される語であるが、船の修飾辞として用いられるときの原意は恐らく船腹がふっくらとして豊かなことをいうのであろう。
p393
「うつろの船」は、フェニキア人の商船
商船でアナトリアに侵略に来ることはあり得ない。
『イリアス』のアポローン:銀弓神・スミンテウス in アナトリア
「お聞きください銀の弓持たす君、クリュセならびに聖地キラの守り神、さらにはテネドスを猛き力に統べ給うスミンテウスよ、……
p12
〔註〕トロアス地方の神アポローン
クリュセもキラも、トロイエを中心とするトロアス地方の町。
テネドス島:トロイエの西方海上に浮かぶ島
p393
〔註〕スミンテウス
この地方におけるアポロンの異名。野鼠の害を守る神の意らしい。
p394
ダナオイ人の主神ヘーラー
九日にわたり神の矢は陣中隈なく飛び交ったが、十日目になってアキレウスが発議し、全軍の集会を催させた。これは白い腕の女神ヘレ(ヘラ)が、ダナオイ人の次々に斃れゆくさまを目のあたりにして気遣うあまり、アキレウスに思いつかせた思案であった。
p13
アカイア勢の応援団長はヘーラー
トロイア勢の応援団長がアポローンで、かくれ応援団長がゼウスである。
アポローンは、この時代、トロアス地方を地盤とする神で、銀弓神である。ネルガルから発展。
ゼウスは、クレタ島の主神で、ギリシア本土の主神ヘーラーに婿入りしている。
ヘーラーは、テーバイ帝室の主神で、ヘレネスの英雄イアソーンはその寵童である。
つまり真のテッサリア、アカイア・プティオティスのアイオリス人の主神でもある。
ヘーラクレースの実母にして妻。
そしてアカイア人の主神ともなった。
アテーナーはヘーラーの侍女扱い!
アテネ(アテナ)が天空から舞い降りてきた。二人の勇士をともに愛しみ気遣うヘレが遣わしたのであったが、背後から歩み寄ると、ペレウスの子の黄金色の髪を掴んだ。
「白い腕の女神ヘレはそなたら二人をともに愛しみ気遣ってわたしを遣わされたのです。……」
p20-21
エエティオンの治める聖都テベとは?
「かつてわれらはエエティオンの治める聖都テベに遠征し、町を陥してその地の財物をことごとく奪ったことがありました。奪った品々はアカイア人の間で然るべく分配しましたが、アトレウスの子には頬美わしきクリュセイスを選び出して与えたのです。……。
p29
〔註〕エエティオン
ヘクトルの妻アンドロマケの父。クリュセの住人クリュセイスがここで捉えられたのは少々奇妙であるが、その説明はない。
p395
エエティオンの聖都テベとは?
人名・地名索引(下巻 p14)に、テバイ=エジプトの町、テベ(テバイ)=ボイオティアの主邑、テベ(テバイ)=ミュシアの町、アンドロマケの故国とある。
最初の二つは実在で有名な都市であり、ギリシア人=ダナオイ人=テーバイ帝室の首都テーバイをエジプトのオンに訳語に宛てたのが、エジプトのテバイである。
ミュシアにテーバイという都市があったかもしれないが、ケチな都市であっただろう。
あきらかにこれは、テーバイ帝室の古都テーバイを投影しているとしか思われない。
アキレウスは、野盗軍団としてやくざ集団を率いて、財宝と女を掠奪したのである。
テーバイ帝室の首都テーバイは、ギリシア本土のトロイア戦争の終盤で陥落し、アカイオイとアルクマイオニダイの連合軍の傀儡王の子孫クサントスが、再びテーバイ帝室とアイオロス王家の連合軍のレコンキスタに遭って、古都テーバイを奪還されるまで、アカイア勢の手中にあった。
エエティオンの娘アンドロマケには、テーバイの重婚した副王家のクレオン王の娘いかティオンの娘アンドロマケには、テーバイの重婚した副王家のクレオン王の娘イオカステーの影が、ヘクトールにはテーバイの主王家の王オイディプースの影が投影されているようだ。
ヘクトールには、アミュクライの古王ヒアキントス王ー後にアポローンの寵童として変容したーの影も投影されているようである。
「ギリシア本土のトロイア戦争」とは、ホメロスらキオス系の詩人たちが、自分たちの故郷アナトリアに舞台を移して描いたおとぎ話の下敷きになった史実であったと想定される。
ミュシア地方のイリオンはアルゴスおよびアミュクライの投影で、テベは古都テーバイの投影である。
第二歌
第二歌 扉書き
夢。アガメムノン、軍の士気を試す。ボイオティアまたは「軍船の表」
p41
アカイア人の勝利に決定的なアドバイスをするヘーラー
この時ヘレがアテネに声をかけねば、アルゴス勢の帰国が運命に背いて実現するところであった。
「そなたの穏やかな言葉でひとりひとりを引き留めよ、両端反った船を海におろさせてはならぬぞ。」
p50
アイオリス系の主神ヘーラー
後のペリクレス時代のアテーナイ捏造班が手を入れた神話では、本来ヘーラクレースの母で妻であり、テーバイ帝室の主神の母子であるヘーラーはヘーラクレースに敵対的に描かれ、アテーナーはことごとく「よい者」と措定される英雄の味方で、ヘーラーはヴィランの立場に貶められている。
この時代のアイオリス系の神話では、ヘーラーはアイオリス人の最大の英雄イアソーンの庇護者であり、イアソーンはヘーラーの寵童である。ヘーラーは、全ギリシア人の事実上の主神であり、アポローンやゼウスは「バルバロイ」の味方として描かれている。
さらに、この時代の軍船が、後の衝角のあるスリムな軍船ではなく、フェニキア商船で遠征に来ていることも奇異である。実は、ヘーラクレース帝国が、商船で、ソフト征服に来ていたことを投影していると思われる。
軍船の表の行
軍船の数の序列
されば、わたくしは今ここに、軍船を率いたる大将たち、また軍船の数を(のみ)剰すことなく語るといたしましょう。
p65-66
ボイオティア軍の諸将の筆頭ペネレオス
ボイオティアの軍勢を率いたのは、ペネレオス、レイトス、アルケシラオス、プロトエノル、ならびにクロニオスの諸将。
p66
ボイオティアの町の列挙
この軍勢の内訳は、ヒュリエと岩多きアウリス、スコイノスにスコロス、丘の連なるエテオノス、またテスペイア、グライア、踊り場の広いミュカレソスの住人たち。またハルマのあたり、エイレシオン、エリュトライに住むものたち、さらにはエレオン、ヒュレ、ペテオン、オカレエ、見事な造りの町メデオン、コパイ、エウトレシス、野鳩の群がるティスベの町々を占めるものたち、またコロネイア、青草茂るハリアルトス、プラタイア、グリサスに住むものたち、見事な造りの町下テバイ、また麗しいポセイドンの森のある町、聖なるオンケストスの住民たち、葡萄の豊かに稔るアシネにミデイア、また聖なる町ニサ、国境なるアンテドンに住むものたちー右の総勢を載せる船は五十艘、そのおのおのに乗り組むボイオティアの若者の数は一二〇であった。
p66
〔註〕「表」がギリシア中部のボイオティアから始まる意外/松平千秋氏
「表」がギリシア中部のボイオティアから始まるのは少々意外である。『イリアス』の物語中でもこの部隊はさしたる働きをするわけではない。諸説あるが、トロイエ遠征軍が集結したのがこの地方のアウリスであるので、トロイエ戦争の起点という意味で、この順序をとったとする説明が最も自然のようである。
p399
〔註〕カドメイア=テーバイのアクロポリス、下テーバイ=テーバイの下町
「オイディプス伝説」その他で著名なテバイは、カドメイア(カドモス城)と称されるアクロポリスを中心とする町であるが、その下手の平地にある町を「下テバイ」と呼んだらしい。
p399
ボイオーティアのテーバイこそギリシアの古都であったから
松平氏に知り得なかった謎は、テーバイ帝室仮説ですべて説明がつく。
まず、アナトリアを舞台とした「トロイア戦争」はなかった。あったのは、ヒッタイトに駆逐されたアルザワの残党アカイア人(ペロプスの子孫)が、ギリシア本土に襲撃をかけ、内乱を起こした「ギリシア本土のトロイア戦争」である。
当時、ギリシア本土は、エジプトによって「タナヤ」=ダナオイ人と呼ばれたテーバイ帝室が、古都カドメイア、新都アルゴス(ミュケナイ)、親戚筋アミュクライの三つのアクロポリスと、共闘しているアイオリス人(ヘレネス)の統治するイオールコス(テッサリアの首都)、カリュドーン(アイオリス人の親戚筋アイトリア人の首都)、ピュロス(アイオロスの子瀆神王サルモーネウスの娘アバズレ女のテューローの子がピュロス王家の祖ネーレウスである)などが統治していた。この帝室は、西地中海に展開し、またアナトリアやエーゲ海に「里帰り植民」(もとは、フェニキア系のため)したりして通商帝国「ヘーラクレース帝国」を形成していた。
通商遠征の拠点は、ボイオーティアのアウリス港であり、ここは「前一二〇〇年のカタストロフ」を経て、カルキス市となった。海外雄飛の拠点、テーバイ帝室の外港である。
したがって、ギリシアの中心ボイオーティアから「表」を始めるのは自然のなりゆきなのである。
「ギリシア本土のトロイア戦争」時のテーバイ
この前に時代が、「テーバイト」(テーバイ攻めの七将の時代)時代であり、テーバイ帝室のお家騒動の時期と措定しておく。
テーバイ帝室の大王オイディプースが、不倶戴天のアテーナイとの戦争で戦死すると、その跡目をポリュネイケースとエテオクレースの二児が継承した。
おそらく、もともと新都アルゴス王に兄のポリュネイケースが、古都テーバイ王に弟のエテオクレースが即位したと想定される。
二人の間のお家騒動で、兄弟は相打ちになって死ぬが、エテオクレースの子ラオダマースが、副王クレオーンの摂政を受けて即位する。
ポリュネイケースのテルサンドロス(真のアルゴス王)が、テーバイを第二次テーバイ攻めで、古都テーバイを奪還。ラオダマースは、同族のため平和的にイリュリアへ移住する。イリュリア、エペイロスは、カドモス以来テーバイ帝室系の勢力域であった。
パウサニアスのテーバイ誌によると、テルサンドロスの子ティーサメノスが幼少のため、臣民のペネレオスなるものが「テーバイ軍の将軍に選ばれてトロイアのアレクサンドロスとの戦いに出陣する。」となっている。しかしこれは、嘘である。カドメイアの主人ティーサメノスは、アカイア人のペネレオスによって簒奪、追放され、アミュクライ王家を頼って亡命したのである。
真のアルゴス王家、アルカイオス(ヘーラクレースの祖父)、ステネロス(エウリュステウスの父)、ゴルゴポネーと言った人々の父に、アテーナイ捏造班は、ペルシア帝国から名を取った架空の英雄「ペルセウス」を作って「接ぎ木」した。
ゴルゴポネーの真の名はゴルゴーであったであろう。ゴルゴーという名は、のちのスパルタ王家の王女にも現れる。このテーバイ帝室の王女ゴルゴポネーが、ラケダイモーン王家のオイバロスに降嫁してディオースクーロイとヘレネー・クリュタイムネスタラーの祖母となる。
ヘレネーはテーバイ帝室系であるが、その夫メネラオスもラケダイモーンの古王で、アカイア人に「接ぎ木」されているが、実は、テーバイ帝室系であろう。二人の間の娘がヘルミオネーである。これと従兄弟のクリュタイムネストラー(テーバイ帝室)とアカイア人総帥アガメムノーンの子がオレステスであり、両者の間の子の名がなんと、ティーサメノスなのである!
このアカイア王家の総帥ティーサメノスは、ヘーラクレイダイに敗れて、アカイア地方に退き、そこで地元のイオニア人と戦って戦死し、イオニア人の古都ヘリケーに埋葬されたことになっている。
さて、テーバイ帝室の直流のティーサメノスは、簒奪者ペネレオスがトロイア遠征で戦死すると、一時王になるが、どう死んだかは伝わっていない。息子のアウテシオーンが、オイディプースの呪いで、自ら亡命したことになっている。しかし、亡命したのは、ティーサメノスであろう。彼は、ラケダイモーン王になったと想定される。王女ヘルミオネーの息子としてティーサメノスは、アミュクライの王であったと想定され、その子アウテシオーンの子がヘーラクレイダイの双子王の後見であり、のちのテラ島やキュレネ王家の祖となるテーラースである!
アウテシオーンの娘アルゲイアーがラケダイモーン王家の祖の双子の母である。
このテーバイ帝室の帝王ティーサメノスとその子アウテシオーンが、ヘクトールに投影されていると思われる。
一度、アミュクライは陥落(トロイア陥落)、アカイア人の手に落ちるが、下町に軍事キャンプを設営し、それをスパルタ市と名づけ(もちろんテーバイ帝室の始祖カドモスのスパルトイから来ている)、アウテシオーン王はアミュクライ奪還に向けてレコンキスタを展開していたが、戦死するかで、その遺児テーラースとアウゲイアーが、ヘーラクレイダイのアリストデーモスを迎えてスパルタ王家が成立する。
ヘーラクレイダイとテーバイ帝室が、古都アミュクライを奪還すると、そこは聖域にされ、下町のスパルタ市が首都にされる。古都アミュクライには、代々ヒュアキントスの名で王位についた最後のヒュアキントス王を投影したヘクトールが祀られ、カッサンドラの聖域が築かれている。
(パウサニアス『ギリシア案内記・ラコニカ、第19章6参照)
テーバイ人が、ヘクトールの遺体をテーバイに埋葬したという伝承、カッサンドラの遺体をアミュクライに埋葬したという伝承は、見事に符合する。
アテーナイ王はメネステウス
つづいては、守りも固き城の町、かつて豪勇エレクテウスが王たりし国アテナイに住まうものども、このエレクテウスは五穀を実らす大地の子、ゼウスの姫アテネが育てあげ、このアテナイの豊に富む自らの社に住まわせたー……。
このアテナイ勢の指揮をとるのは、ペテオスの子メネステウス、……
〔註〕メネステウス
メネステウスはエレクテウスの血を引くとされるが、他の伝承ではほとんど無名に近い人物である。アテナイの代表的英雄であるテセウス、またはその近い親族を措いて、メネステウスが指揮官となっているのは奇異な感があすが、これがむしろ古い伝承であったのかも知れない。
p400
トロイア戦争時のアテーナイ王メネステウスの正体
実は、テーセウスこそ、アカイア人の簒奪者であり、イオニアの実在の植民リーダーから名前を借用して、アテーナイ捏造班が捏造した英雄である。
実際のエレクテウス王(テーバイ帝室のアテーナイを征服した時の王)の子孫であり、アテーナイがアカイア人によって征服されたあと(テーセウスの簒奪)、ディオースクーロイがアテーナイを征服し、復位させた正統の王であったと想定される。
サラミスの大アイアス
サラミスからは、アイアスが船十二艘を率いて、アテナイ勢の布陣する辺りに軍勢を配置した。
p68
アテナイ勢以下は、ソロンが加筆したとディオゲネス・ラエルティオスはいう。
ホメロスの捏造・加筆が頻繁に行われていた証拠である。
アイギナ島の王アイアコスは地元民だったのかもしれない。
地元民の妻がいたが、アカイア人のアバズレのエンデーイスが、息子テラモーンとペーレウスをそそのかして、多分正妻の子ポーコスを殺害させる。
父によって追放されたごろつきのやくざ者テラモーンは、サラミス島に移住して、大アイアースを生んだ。
一方、ペーレウスは、野盗のアリンコ軍団を率いて、アイオリス王家のアクローンの統治するプティアーに移住して、アクローン王家を滅ぼして、プティアーを征服する。息子のアキレウスも被征服王族のパトロクロスを稚児にする。
アクローンの王家は、ヘーラクレイダイのレコンキスタで、野盗のアカイア人からプティアを奪還。アキレウスの血脈などは絶えたと想定される。
しかし、大アイアースの子孫は、アカイア人の名門として、アテーナイに移住し、その後のアテーナイを代表する二大名家を形成する。
アルゴス軍はディオメーデースとステネロス
次はアルゴス、城壁高きティリュンス、深い入江を抱くヘルミオネ、アシネの二市、またトロイゼン、エイオナイ、さらに葡萄豊かなエピダウロスの住人たち、またアイギナ、マセスに住むアカイアの男の子ら。この軍勢を指揮するのは、大音声の誉れも高きディオメデスにステネロスーすなわち、その名天下に轟くカパネウスの一子。右の二人に付き添った第三の大将は、その姿神にも見まごうエウリュアロスータラオスの子メキステウス王の一子であった。全軍の指揮は大音声のディオメデスがとり、三人の将に随う船は八十艘。
p68-69
トロイア戦争時の真のアルゴス王は?
アルゴス王家は、エジプトから上陸したヒクソスの王家の植民と想定される。
ダナオスの娘とアイギュプトスの息子の結合から生まれたアバースの子孫とされる。
アバースには、アクリシオス筋とプロイトス筋がある。
兄筋は、アクリシオス筋で、そのひ孫がアルカイオス、その父親に架空の英雄「ペルセウス」が接ぎ木された。アルカイオスはヘーラクレースの本名で、そのひ孫がヘーラクレースである。
弟筋は、プロイトス筋で、これは実在性の高い王。コリントスにヘーラー神殿を建設。
プロイトスの嫡流はメガペンテースで、その孫がアナクサゴラス、その孫がここでの「勇名轟くカパネウス」である。その子がステネロスで、トロイアのプリアモス王のゼウス像をアルゴスに招致しているので、真のアルゴス王家の血筋である。
簒奪筋は、プロイトス王の娘二人に婿入りしたビアースとメランプースのインチキ占い兄弟である。これは、アイオリス王家のアバズレのテューローの子アミュタオーンの子である。
プロイトスの娘の狂気を直して、その2/3の財産を簒奪してアルゴス王家に入り込んだ。
このビアースの孫が、テーバイ攻めのアルゴス王アドラーストスである。
そして、アドラーストスの娘アイギアレイアの入り婿がディオメーデースと、またアルゲイアの入り婿がポリュネイケースである。
事実上のアルゴス王は、テーバイ帝室の「ヘーラクレース」であるポリュネイケースである。
アドラストースも、彼の使い走りであり、むしろ、真のアルゴス副王は、ステネロスの方である。
それが証拠に、ディメーデースが「トロイア」から凱旋してくると、妻アイギアレイアによって入国拒否され、アイギアレイアは正統の王ステネロスの子コメテースと関係し、アルゴスの女王となった。
アガメムノーンの領域は、ミュケーナイ、コリントス、シキュオン、アカイアの首都ヘリケ
つづいては、堅固な城市ミュケナイ、豊かに富むコリントス、守りも固きクレオナイ、またオルネイアイ、麗しき町アライテュレエに住むものたち、かつてはアドラストスが王であったシキュオンの住民たち、またヒュペレシエに険峻なゴノエッサ、ペレネに住むものたち、また愛祇園mアイギアロスの一帯と、広大なヘリケの辺りの住民たち。これらの軍勢が乗り組む百艘の軍船を率いるのは、名に負うアトレウスの一子、王アガメムノン。
p69
アカイア人のアトレウス王家とは?
アルザワ連邦の再構成であるアカイア人の総帥で、ポセイドーン信者のペロプスの直系。アガメムノーンの名は、エジプト第一二王朝のアメンヘムハトから取られたと想定される。
アカイア人自体が、ヘーラクレース帝国の「里帰り民」も含み、王家はそうであったのだろう。
ペロプスは、アカイア地方、アルカディア地方から侵入し、その勢力域は、アカイア地方、アルカディア地方、アルゴス地方にまたがった。明らかに、王家は、テーバイ帝室に婿入りし、半ば平和的にギリシアに入植したようだ。
レコンキスタの後も、アカイア地方に逼塞させられるに留まった。テーバイ帝室の主神ヘーラーをいち早く受け入れたことは『イリアス』にも投影されている。
スパルタとアミュクライを勢力域とするメネラオス
また盆地を成し谷の多いラケダイモンの国の民ーパリス、スパルテ、山鳩の多いメッセ、ブリュセイアイ、麗しき町アウゲイアイの住民たち、またアミュクライ、海沿いのヘロスに住むものたち、さらにはラアス、オイテュロスの辺りを占めるものたち、この軍勢の船六十艘を指揮するのは総大将の弟、大音声の誉れも高きメネラオス、……。
p69-70
ピュロスのネストル
これに続くは、ピュロス、麗しき町アレネ、アルペイオス河の渡し場トリュオン、堅固に築かれたアイピュ、キュパリセイス、アンピゲネイアに住むものたち、……
ゲレニア育ちの騎士ネストル、その指揮の下に軍船七十艘が船首を揃えた。
p70
オデュッセウスの勢力域は、イオニア三島
さてオデュッセウスの率いるのは、豪勇の誉れも高きケパレネス族の軍勢で、イタケの島、木の葉のゆらぐネリトン山、クロキュレイア、また険峻のアイギリプスの住人たち、ザキュントス、サモスの島々に住むものたち、本土ならびにこれに相対する一帯の住民たち。
p72
ヘラスの勢力域テッサリアを侵略した根無し草アキレウスは、ミュルミドネスの王
さて次には、ペラスギコン・アルゴスに住む総勢ーアロス、アロペ、トレキス(トラキス)の住人たち、またプティエ(プティア)、美女の国ヘラスに住むものたちーこれはミュルミドネスともヘレネスともアカイオイとも呼ばれるものたちであったが、その五十艘の船団を率いる大将はアキレウスー……
p74
第四歌
トロイアの味方である主神ゼウスの不思議
「聖都イリオス、王プリアモス、またとねりこの名槍を揮うそのプリアモスの民は、わしが一番心にかけ大切にしているものだ。」
p113
ヘーラーがギリシアの首都の守護神
「いかにもわたくしには特に寵愛する町が三つーアルゴス、スパルテ(スパルタ)、それに道広きミュケネがございます。」
p113
第五歌
アテーナーの寵児ディオメーデース
この時パラス・アテネは、テュデウスの子ディオメデスに、アカイア全軍中特に目覚ましい働きを示してその名を挙げさせようと、力を勇気とを授けた。
p139
第六歌
ミュシア地方のテベの王エエティオンの娘アアンドロマケ
嫁資も豊かに嫁いで来た妻のアンドロマケが走り寄って来た。心の宏いエエティオンの娘であったが、そのエエティオンこそは、樹木茂プラコス山の麓、すなわち下プラコスのテベに住み、キリキア人を統べる王であった。
p201
アステュアナクス
子はヘクトルの愛児で、さながら美しく輝く星のよう、ヘクトルはその子をスカマンドリオスの名で呼び慣わしていたが、他のものはみなアステュアナクスと呼んでいた。
p202
アステュアナクスとは?
ギリシア語で、アステュは都市、アナクスは王、おわかりだろう、「都市の王」=メルカルトである。ヘーラクレース=メルカルトは、テーバイ帝室の主神である。
第十四歌 ゼウス騙し
クロッカスとヒアシンス
こういうとクロノスの子が、妻を腕にしっかと抱くと、聖なる大地は二人の神の身の下に、水水しい青草を、また露を含んだうまごやしにクロコスとヒアシンスとを生やして、隙間もなく柔らかに敷き詰めると、二人の神の体はその上に乗って地上からふわりと浮き上がる。
p67
第二十三歌
オイディプースは戦死していた証拠
神にも見まごう美丈夫で、タラオスの子、メキステウス王の息子であった。
このメキステウスはかつて、戦場に斃れたオイディポス(オイディプス)の葬いのため、テバイへ行き、カドモスの子らをことごとく打ちまわした勇士であった。
p365
〔註〕戦場に斃れたオイディプース
後世の悲劇作品などでは、オイディプスは自ら目を抉って盲目となり、テバイを去って異境(アテナイ)で生を終ったとされるが、テバイに留まり、他国(アルゴス)との闘いで死んだとする伝承もあったようである。
p445-446
メキステウス王とは、アルゴスの2/3の財の簒奪者アイオリス系のビアースの孫にあたり、アルゴス王アドラーストスと兄弟である。
ホメロスは、アイオリス系のため、テーバイ人を弱っちいように描く。
オイディプースが自らの子供たちを呪って、敵国のアテーナイで死んだなど、とんでもないアテーナイ捏造班による捏造である。フェニキア人は、自虐史観も自虐趣味も持っていなかった。ヒステリーな当てつけ自殺とは最も縁遠い理性的で聡明で、人の命も自分の命も大切にする友愛主義者である。
第二十四歌 ヘクトルの遺体引き取り
テーバイ帝室には、「杉材を用いて天井も高く、芳香漂う納戸」があった
俊足のイリスはこういうと立ち去ったが、プリアモスは息子たちに命じて、騾馬の引く車輪のよい荷馬車の用意を整え、それに荷を積む台を縛りつけさせると、自分は杉材を用いて天井も高く、芳香漂う納戸へ降りて行った。
p388


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