- 第三章 オリュンポスの神々(二)地上、地下および水域の諸神
- 第一節 女神デーメーテールとコレー
- 第二節 ディオニューソス神とその眷属
- 一、ディオニューソスの誕生
- 二、ペンテウスの伝説ー反撥と受容
- 三、アリアドネーとの関係:クレタ島から夫婦神で導入
第三章 オリュンポスの神々(二)地上、地下および水域の諸神
第一節 女神デーメーテールとコレー
穀物神デーメーテール
デーメーテール・・・・
この名前の後半は明らかに、ギリシア語の母「メーテール」という言葉だが、前の「デー」については、まだはっきりした解釈がついていない(大地のゲーの変音、・・・)p298
この女神あるいは女神たちのギリシア各地における祭儀や由緒やを訊ねてみると、その中には非常に古い、ギリシア民族がこの地方に来住した以前に遡ると思われる節々がたくさんある。
エレウシースの秘儀
エレウシースの領主ケレオスの館に来た。
薄荷入りの麦粥キューケオーンをとらせ(この飲み物はそれ以後、エレウシースの秘儀に欠くべからざる定式の一つになった)。
このようにしてケレオスの一人息子デーモポーンは、神にも等しい成長をつづけていった、・・・。(ホメーロス風讃歌の『デーメーテールの讃歌』より)
トリプトレモス
アポロドーロスは大体において『讃歌』に従っているが、
火の中に入れて鍛えられた児デーモポーンは、母親の不心得からそのまま火の中で焼けてしまう、しかし女神は、その代わりにケレオスとメタネイラとの間の長子トリプトレモスを引き立て、彼に竜車を与えて、女神の恵である種子を、諸国にひろめさせることにした、と述べ、・・・
馬神としてのデーメーテールとポセイドーン
駿馬アリーオーンの誕生(テルプーサ市)
たとえばアルカディア州のテルプーサの伝では、デーメーテールが、コレーを訊ねて諸国を回っていたおり、ポセイドーンがこれを認めて恋情に燃え、挑みかかった。
女神はその勢いを怖れ、姿を変えて牝馬になったところ、ポセイドーンも牡馬となって、ついに思いを遂げたが、この結合から駿馬アリーオーン(もしくはアレイオーン)が生れたという、またその他に秘儀にあずかった者のみがその名を教えられるところの(おそらくはコレーであろう)娘も生まれたといわれる。p
アルカディアのテルプーサ市の伝承では、
デーメーテールとポセイドーンの結合から駿馬アリーオーンが誕生したとする。
馬頭のデーメーテール木像(ピガリアー市)
すなわち同じくアルカディアのピガリアー市には、女神に神聖な洞窟があって、そこに古くは黒衣を纏い、鬣のついた馬頭をした、木の女神像が据えてあったという。p319
アルカディアのピガリアー市では、馬頭のデーメーテール木像がある。
コレー(デスポイナ)の父はポセイドーン(ピガリアー市)
同じくこの地でもポセイドーンとデーメーテールの婚姻のことが伝えられ、その間にできたのは、馬のこ仔ではなく、デスポイナという女神であった(デスポイナは、女性の君主の義であるが、特にこういえば、コレーの称号であった。つまり古くはコレーの父はゼウスではなく、ポセイドーンだったと推定される)。p319
アルカディアのピガリアー市では、ポセイドーンとデーメーテールの結合からデスポイナ(コレー)が誕生したとする。
エレウシースのエウモルピダイの父神はポセイドーン
パウサニアースの伝えるこの説話は、デーメーテール崇拝の本拠エレウシースでも、ポセイドーンを「父神」(パテール)と称して祭っていることを思い合わせれば(その祭司の家柄エウモルピダイの祖エウモルポスは、ポセイドーンの子といわれる)、p320
エレウシースの神官職家系エウモルピダイの先祖神は、ポセイドーンである。
駿馬アリーオーン誕生の異説(ティルプーサ市)
ボイオーティア州のティルプーサ(前出と地名の類似に注意、もとは移住の同系民か)の泉の近くでも、ポセイドーンが、エリーニュエス(復讐の女神)の一人とこの所で契り、駿馬アリーオーンを生ませたという話を伝えている。p320
ボイオーティアのティルプーサ市では、ポセイドーンとエリーニュエスの一人の結合から駿馬アリーオーンが誕生したとする。
これらを総合すると、
アルカディアを本拠としたプロト・フェニキア人は、ポセイドーンとデーメーテールを主神として祀っていた。
ポセイドーンの故地リビアでは、セトとイシスに投影していたのかもしれない。
もしくは北方から最初に侵入した「生え抜き」のギリシア人が、馬をトーテムとするポセイドーンを崇拝していたのかもしれない。
いずれにせよ、クレタ島から上陸したゼウスに世代交代を強いられたのであろう。
デーメーテール(イシスに相当)は、カドモス一統のヘーラー(おそらくハトホルに相当)によって凌駕されたのであろう。
駿馬アリーオーンの持ち主たち
ちなみにこの馬アリーオーンは、ポセイドーンによって、ハリアルトスの王コプレウスに与えられ、彼の手からヘーラクレースに、さらにその後アドラーストスの有に帰した。p320
デーメーテールの秘儀をカドモス一統が吸収して拡散したと思われる。
ポセイドーン(セト=バアル)は、もともとフェニキア系と関連深い。
第二節 ディオニューソス神とその眷属
一、ディオニューソスの誕生
前13世紀以前のカドメイアで誕生
トラーキア出身の神格
一般の定説では、大体ディオニューソスは、北方、トラーキア地方から入った神となっているが、プリュギア人やその南に住むリューディア地方との関係も・・・
プリュギア語では、・・・天神はディオスと呼ばれるらしいので。
その名のディオニューソスというのも、大体ゼウス(天)に当るdieu,diuと、息子を意味すると考えられる語nuso-から成る、と解する説がかなり有力である。p323
ディオニューソス信仰の伝播の時期(前13世紀以前)
リネアBで文書発見(ファクト)
ミュケーナイ時代末古文書(いわゆるミーノーア文字草体Bで記された)に、ディオニューソスに関わると推定されるものが、二、三発見された。p324
前十三世紀にすでに祭祀があり、テーバイによって再生
この前十三世紀頃にも、その祭祀が南部ギリシアに存在した可能性も認められようか。そうすればいったん消滅または地下に沈んでから再輸入、あるいは復活したと見るか、再伝播にテーバイやアルゴスが多く関係していることも、見逃してはなるまい。p324
前十三世紀以前に、テーバイ帝室によって伝播したとみるのが普通。
それ以降、ずっとディオニューソス信仰はあったと思われる。
二、ペンテウスの伝説ー反撥と受容
テーバイがディオニューソス祭祀を創設
まず我々は彼の誕生の伝説から見ていこう。通常それはボイオーティアのテーバイを中心として語られるボイオーティア系の物語である。p325
カドモス一統の息子として出生
ボイオーティアの都テーバイを建設したカドモス王には、数人の娘があった。アガウエー、イーノー、セメレー、アウトノエーの四人である。
この児は・・・母の姉妹である同じくカドモスの娘イーノーに預けられた。
イーノーも夫に迫害されて、実子のメリケルテースを抱き、海に身を投げて死んだ。その後ディオニューソスは、さらにゼウスによってニューサの山のニンフたちに預けられた。
実はトラーキアで出生した神を、導入したテーバイ帝室が、テーバイで出生したように捏造したと思われる。
だから、テーバイから離れて、トラーキアへ赴き、里帰りするパターンを取っている。これは捏造の常套手段である。
トラーキアでの受容の確執
トラーキア王リュコエルゴスがディオニューソス信徒迫害
トラーキアの大河ストリューモーンの河口近くに国をなすエドーネス族のリュコエルゴス(後には音便でリュクールゴスとなる)が、ディオニューソスの信徒をまず迫害した。p328
リュクールゴス王への神罰
またリュクールゴスの気を狂わせる、それで彼は自分の息子ドリュアースを斧で打ち殺し、その手足を切った。狂乱の中に、息子が葡萄樹と見え、それを彼は切り倒し、枝を剪んだつもりだったのである。その後正気に帰ったが、飢饉のおりに、神託に彼を殺せば実ろうとあったため、庶民によってパンガイオス山中につれてゆかれ、惨死を遂げたという。p329
ディオニューソスの神罰の体裁をとっているが、飲酒による乱心の様を投影しているだけであろう。
支配者はきらったが、庶民には受容された。
テーバイでの受容の確執
カドモスの継嗣ペンテウス王
ペンテウスは、ボイオーティアのテーバイの王であった。カドモスの娘アガウエーと、竜の牙から生まれたスパルトイの一人エキーオーンとの間に生れ、したがってディオニューソスとは、いわば従兄弟の間柄に当る。p330
良俗を尊ぶペンテウス王が反発
いかがわしいその宗旨と、女たちが先を争って野山に狂乱の態で馳せ回るふしだらさとは、秩序を重んじ良俗を尊ぶ青年気鋭な王の、とうてい忍ぶことができないものだった。それなのに、とうとう王の母アガウエーまでがこれに加わって、戦闘に立ち乱舞して歩くようになった。p331
バッカイにばらされるペンテウス王
王はとうとう彼の唆しに乗って、自身で女たちの暴状を視ようと、キタイローンの丘に出かける、白い麻の婦人の衣を纏って、女たちに見つからないようにと。
悲鳴をあげる王を捉え、その母アガウエーや伯母のイーノーが、両腕を掴んで、見知らぬ野獣とばかり、ぎらぎら眼を光らせ、ついに引き抜いてしまう、他の女たちも寄ってたかって、王の肢体をばらばらに解いてしまった。p332
エウリーピデース『バッカイ』
これがエウリーピデースの最後の傑作として知られる『バッカイ』(ディオニューソスの信女たち)のあらすじである。p333
カドモスと同時代のミニュアース人も確執
ボイオーティアで、ディオニューソスの布教を阻み拒もうとしたのは、ペンテウスらだけではなかった。古都オルコメノスを領有したミニュアースの一族もこれに快くなかったという。
テーバイ帝室の内部でも反撥はあったものの、帝室との血脈を捏造して、ギリシア本土へ招来した。これは、カドモスらのブドウ栽培の奨励とセットで行われたのであろう。
女装して両性具有のディオニューソスを自ら演じて、死と再生の儀式を行ったのは、テーバイ帝室の二代目帝王ペンテウスその人であったかもしれない。
それがエウリピデスの悲劇に投影されているのかもしれない。
むしろ男尊女卑のアイオリス系は反発し、テーバイ帝室は積極的に、女性のどんちゃん騒ぎを導入したのかもしれない。
三、アリアドネーとの関係:クレタ島から夫婦神で導入
ヘーシオドス説:テーセウスのアリアドネー意図的置き去り説
アリアドネー・・・
その途中でナクソス島に立ち寄ったおり、彼女が眠っている間に、あるいはつわりで苦しみ、これ以上船に乗っていかれないので、島へ置いてアテーナイへ一人で帰った。彼女が絶望して嘆いているところへディオニューソスが現われ、彼女を妻とした、というのである(ヘーシオドス『神系譜』)p338
ボイオーティアの詩人ヘーシオドスは、アテーナイのテーセウスの悪漢ぶりを描く。
ホーメロス説:ディオニューソスのアリアドネー見殺し説
ホメーロスの『オテュッセイア』には、「アリアドネーは途中、ディーエー島で、アルテミス女神のために殺された、それもディオニューソスの承知の下に」とあるので、むしろこの伝承のほうが、本来の説話の形を示しているかとも思われる。p338
これはアテーナイびいきのホメーロスの捏造である。
アリアドネーはアルテミスと縁もゆかりもなく、
ディオニューソスの妃であるので、見殺すはずはない。
多島海ではディオニューソスとアリアドネーは夫婦
ところが、一方ではこのアリアドネーという名は、ヘーシュキオス(五世紀の辞典編纂者)の記録によると、クレーテーでは、アリアグネーと呼ぶ、つまり「いとも聖とき女神」の義で、現にこの名の女神も方々に見られる。彼女は多島海の多くの島で、ディオニューソスの妃として、毎年(アンドロス島では1月に)結婚の祝祭を行われていた。p339
クレタ王女とテーバイ帝室の王子が夫婦神であるのは自然であろう。
アカイア人テーセウスに棄てられたというのも納得がいく。
四、密儀宗教と悲劇の誕生
アッティカー導入の最古はイーカリア
アッティケー州の中で、ディオニューソスの信仰をいちばん早く受けいれたのはイーカリアであった(アポロドーロスによると、パンディーオーン王のとき)。イーカリアは、アテーナイの北に連なるペンテリコン丘陵の北側にあり、地味の肥沃な土地で、マラトーンの原野にも遠くないまったくの田舎である。p339
その伝説的な鄕士イーカリオス(あるいはイーカロス、またはイーカリオーン)は、いち早くディオニューソスを迎え、誠心を披瀝したので、これを嘉したディオニューソスは彼に葡萄の木を授け、また酒を醸す術を伝授してやった。p340
ところが弁えのない彼らは、イーカリオスの贈り物を定めのように薄めないで(ギリシアでは酒を飲むには、ふつう半々、または三分の二に水で薄めて飲むのが定式だった)、いきなり生のままで飲み干し、急に酔いがまわって・・・
イーカリオスを殺し、その屍をとある泉か池へ抛り込んだ。p340
エレウテライのディオニューソス信仰
エレウテライへのディオニューソス信仰の伝播
ここに昔、伝説的な領主として、エレウテールという者があり、幾人かの娘をもっていた。この娘は、山羊の皮を身に纏った御神の姿を幻に見て卑しいとし信仰を怠ったため、気がふれて狂いだし、野山を走り回った。
そこで父が神託によって、御神を祭ることとし、初めて病が癒えたという。p341
羊皮メラン・アイギスのディオニューソス
これが「黒い山羊皮のディオニューソス」として、当該地に祭られているディオニューソスの縁起である。p342
クサントスとメラントスの戦い
また伝えるところによれば、この地でクサントス(明色の男)とメラントス(暗色の男)とが戦い、メラントスが危ないところを、このディオニューソス・メラナイギスの助力をでもって、ついに敵クサントスを斃しえた、という。p342
これは、「ギリシア本土のトロイア戦争」終局、アカイア人の簒奪王朝のテーバイ王クサントスと、ディオニューソス(テーバイ帝室系)に助力されたピュロスのアイオリス系のアテーナイ王メラントスの戦いである。
アリストパネース『アカルナイの人々』が出典
なお所伝(アリストパネース『アカルナイの人々』)では、クサントスはボイオーティア人で、アテーナイ王に挑戦したおり、ちょうど奇遇していたメッセーニア人でネーレウスの末裔のメラントスが代って戦い、一騎打ちの最中、後ろに黒山羊皮を着た人物が現われ手伝って敵を殺した、となっているが、おそらくこれは祭儀のおりの儀式から出た伝説(お神楽のような)で、夏(黒い大地)が冬(白い雪)をかいにしりぞけ、植物が茂り萌えることを祝ったものと考えられる。p343
クサントスがボイオーティア人、メラントスがアテーナイ人ということは、
ダナオイ系と北から侵入したカドモス系の戦いの投影かと思いきや、まったく逆である。
そもそもディオニューソス信仰はテーバイ帝室が拡散した豊穣の祭である。
これは、ギリシア本土の「トロイア戦争」末期、テーバイ帝室の側のメラントスがアテーナイを占拠し、アカイア側の傀儡政権の子孫クサントス、テーバイ帝室から本拠を強奪し、帝室の中核であるアルゲイア・テラース姉弟は、ラケダイモンへ移住した時点の話である。
エレウテライのディオニューソスがアテーナイ演劇の淵源
この村、この神社は、アテーナイにとり、またギリシア演劇にとって、非常に重大な意義をもっている。というのは、このエレウテライのディオニューソスが、後に前六世紀の中葉頃にアテーナイに遷御して、かの大ディオニューソス劇場をもつ、アクロポリスの東南麓の、ディオニューソス・エレウテレウスの社になったものだからである。p343
テーバイとの確執とエレウテライのディオニューソスの遷御
この遷御については、もとはボイオーティア領だったこの村が、テーバイへの反感から、アテーナイに帰属を申し出、一度拒否されてから、神意により今度はアテーナイ人の懇願で合併し、ディオニューソスの神像を市中に移して新たに社を建て、旧の宮には模像を造って据え置いたのだ、という。p343
実は、アイトリア王家の末裔ペイシストラトスが、エレウテライからディオニューソス信仰をアテーナイに勧請したのである。
ディオニューシアの数々
「小ディオニューシア」の陽物行列
中でも一番由緒の古いのは、十二月に行われる葡萄酒の祭、いわゆる「田舎のディオニューシア」または「小ディオニューシア」で、例のパロス(陽物)を押し立て、歌をうたって行列を練って歩く。p344
レーナイア祭の常春藤きづたの冠
次は一月末、ガメーリオーンの月のレーナイアの祭で、アテーナイのリムナイにあるレーナイオン社で挙行された。社殿を常春藤で飾り、常春藤の冠をつける。p344
アンテステーリア祭の聖婚
次は二月末のアンテステーリオーンの月に挙行されるアンテステーリア祭(花の祭)で、
アテーナイでは、三日間を「樽開きの祭」「舛の祭」「壺の祭」に過ごした。
第二日目には、ディオニューソスと、大司祭に当る司祭長官(アルコーン・バシレウス)夫人との、象徴的な結婚式がブーコリオン(牛を飼う)のディオニューソス社で挙行された。p344
「大ディオニューシア」の悲劇・喜劇の競演
また三月末、エラペーボリオーンの月には、いわゆる大ディオニューシア、あるいは「都のディオニューシア」祭があった。
これが先のディオニューソス・エレウテレウスの祭で、五日間にわたって盛大に催された、合唱競技や悲劇(三人の作者が一日に四編ずつ上演)、喜劇(五人、戦時中は三人、の作者が一編ずつ上演)の競演がアクロポリス南崖の大円形劇場で行われた。p345
ペイシストラトスの創始
この祭はアテーナイの僭主ペイシストラトス(在位前五六〇ー五二七)が始めたといわれ、彼の文化政策、宗教政策の一端をうかがわせるに足りるものである。p345
クレタから伝播のディオニューソス信仰
アルゴリス州のヘルミオネーのディオニューソス信仰
アルゴリス州の、アテーナイ市と海を隔てて対するアクテー半島の先にある町ヘルミオネーでも、ディオニューソスを祭って音楽の祭を催し、競泳や競漕を行う、ということがパウサニアースに記されている。p345
古い作物の精霊がトラキアから到来したディオニューソスと習合
ここに興味があるのは、ここの御神もまたメラナイギス(黒い山羊の皮の)と呼ばれていることだが、・・・
おそらくエレウテライのと同じく、ここのも古くからある、ディオニューソスと同型の作物の精霊であって、彼の渡来につれ、同一視され合併して、その名が別号として残ったのではないか、ということである。
ディオニューソスの出身は、トラキアや小アジアの北方といわれる。
ギリシア本土の作物の神が、北方から到来したディオニューソスと習合したものと思われる。
ミュケーナイ時代以前の植物の精霊部分
ディオニューソス信仰とされているもののうちの古い要素は、遠くクレーテー・ミュケーナイ文化時代に遡り、同系統の植物、ことに樹木や果樹の精霊である神格として、葡萄や常春藤などがその表徴となっていたのであろう。
トラーキア系の中枢はリューディア経由で到来
一方古くから認められているトラーキア・プリュギア系のディオニューソスは、全体の中枢をなす代表的な神格であり、それがリューディアでおそらく前者の系統と混和したものか、バッコスという名称は、今では学者の間でももっぱらリューディア系の名と推定されている。
この系統がイオーニア(リューディアの海岸地帯)から、海を渡って早く本土に入り、アッティケーなどで葡萄栽培に伴う神話を作ったものかと考えられる。
カドモス一統は、葡萄栽培を導入し、ディオニューソス信仰を創設していたが、トラーキアから来た大人気のディオニュソス信仰に手を焼いて、これと習合させる形で、ディオニューソス信仰の熱狂を弱化させ根づかせたのであろう。
祭や演劇という秩序づけを行なったのが、ペンテウスだったのかもしれない。
大王ペンテウス自身が、死と再生を遂げるディオニューソスと一体化するお芝居を演じたのかもしれない。
死と再生の密儀宗教
熱狂的なバッカイはトラーキア系からの到来部分
トラーキア系信仰の特徴は、信徒の集団における、とこに祭儀のおりの熱狂と興奮で、とりわけ婦人の信徒にはなはだしく、神がかりとなって狂い回るこの信徒の群れは、神と同じくバッコイ(男性)あるいはバッカイ(女性)と呼ばれ、彼らは家や町を棄てて野山を駆け巡り、手にはいわゆるテュルソス(蔦で飾った木の枝の杖、頭に待つぼっくりを着けたという。バッコス信徒の携えるもの)を執り、夜は松明を振りかざして叫びながら乱舞して歩く。p347
バッカイの小児などを裂いて喰らう様を「神罰」と解釈
その挙動や力業は常軌では律しきれない、超人的な力をふるい(ペンテウスの物語にあるごとくに)、しばしば動物や時には小児さえも襲って捉え、引き裂いてその生肉を喰らうといわれる。
これらの半狂乱の信女(バッカイ)が、「神罰で狂った女」というのは、これらの狂信徒を、別途から解釈した言い伝えにすぎない、と考えられる。p347
神体を喰うことで永遠の生命にあずかる(聖餐)の秘儀
これは平常のディオニューソスの神事でも秘儀として行われたことで、この際に犠牲として用いられるのは、おおむね牡牛であって、これがつまり神格の表象、あるいは神体そのもとと見なされ、信徒はその生肉を喰らうことによって神力を自身の体中に収め、永遠の生命にあずかる(すなわち聖餐)と想定された。p347-348
オルペウス教の教義と成立
この儀軌を投射して神話にしたのが、ザグレウスの物語に他ならない。
まずゼウスとペルセポネーの子として生れ、大蛇の姿でゼウスに伴う。
ヘーラーの嫉みによりティーターンらの襲撃を受け、遊戯するあいだにつかまって殺されてしまう。
ティーターンらは彼を虐殺して手足を解き、これを煮て食ってしまう。
心臓だけはセメレーに与え(別伝では自分で吞み込み)、新たにディオニューソスとして再生する。
一方ゼウスはティーターンらを雷電で焼いて灰とする、その灰から後に人間が作られたという。
それゆえ人間は、一方では性悪で邪険なティーターンの性を受け(これが大部分)、一方では彼らが喰ったザグレウスの肉のために、神的な要素をも体内に保つのである。
我々はその本源であるディオニューソスに帰依し、その儀軌を守らねばならない、というのが、ほぼオルフィク(オルペウス派)教徒たちの信条である。p348-349
ディオニューソスーオルペウス教は、カドモス一統のおそらく二代目の大王ペンテウスが創始したものであろう。
イシス・オシリスやキュベレやメルカルトやカベイロイやデーメーテールとコレーなどさまざまの密儀宗教を集大成して、密儀宗教の決定版として、構築したものと措定する。
ヘーラクレースの自己火葬も12の試練を経ての不死への変容という密儀である。
イエスのキリスト教へ
キリスト教の聖餐の淵源
最も著しいのはやはり聖餐の意義で、これは後のキリスト教の儀軌にもひとしく認められるものである。p
予言と贖罪の属性はキリスト教へ
ディオニューソスは、また予言的な性格を併せてもち、潔める者、罪を贖う者として働く。彼がパルナッソスで祭儀をもち、デルポイでアポローンと合祀をうけているのも、この彼の性格によるところが多い。
聖書のイエスの教えは、ユダヤ教のアンチテーゼというほど真逆の教えである。
ユダヤ教には、死と再生や聖餐式などの儀式はない。
これはフェニキア人のローマ市民の実父とおてつきでヨセフに嫁いだマリアの間のフェニキア人・ユダヤ人の混血であったイエスが、フェニキア系の密儀宗教から導入したものであったと措定する。
デルポイの聖餐の儀式
そこ(デルポイ)では後代まで公に、彼の信者の婦人団体(上に述べたテューイアデス)がつくられ、穏やかな形式ながら、諸地方からの信女をあつめて、かの生肉を喰らう夜の聖餐の儀式も行っていた、といわれる。
悲劇の誕生
一方では彼は受難と受苦と、その究極における生の勝利と復活を象徴するもので、このようにして
受苦者としての「人間」にふかい意義をもって共感をもたらす。ギリシア演劇、ことに悲劇の起源を、このディオニューソスの受難劇として解釈しようという学者もすくなくないことは、周知のとおりである。
五、ディオニューソスの眷属たち
サテュロス
サテュロスはサテュロス劇のトレードマーク
ディオニューソスの随伴者として、もっとも通例現われるのは、かの山羊脚をしたサテュロスの群れである。
その姿は通例山羊の角や耳、長い尾に、蹄のついた脚をもち、毛深く、鼻は低く、口は大きく、しばしば興奮した男性器をもつ。p353
山羊脚ながら二本足歩行する「サテュロス」は、サテュロス劇のトレードマーク。
シーレーノスはミーダース伝説に関連、ディオニューソスの養父
シーレーノス・・・サテュロスよりも人間の姿に近く、小アジアのプリュギアやリューディアを本拠としていた。
シーレーノスの伝説として名高いのは、プリュギアの王ミダースとの出会いであろう。p354
ミーダースは、伝説ではキュベレー女神の子といわれるゴルディアースの子で、彼に始まるプリュギア王朝の第二代目として、豪富をもって知られていた。
シーレーノスが酔って・・・薔薇の咲き乱れている花園(ミダースの王宮の園ともいうが)に入って、花の香に戯れるうち、眠り込んでしまう、
十日間酒盛りで接待して、野へおくりかえしてやった。
シーレーノスはディオニューソスの養父格である。
「どうか私の体の触れる限りのものが、何でもみな黄金に変わりますように」
アポローン信徒との確執
富を憎むことを教えられたミダース王は、森や野の神パーンをひたすらに崇めていた。
アポローンの勝ちに不服で、その罰に驢馬の耳をとりつけられた王は、・・・
パーン
パーンは格上
パーンは、元来がアルカディアの山野の精で、また同地方ではヘルメースと並ぶ相当な神様であった。
サテュロスよりは大分格が上の、少なくも二流神格とはいえる、・・・
パニック
パニックの起こし手である。パニックとは、「パーンの」の謂で、群衆やことに軍隊などの集団に、烈しい、原因不明な群衆心理的な恐れを引き起こさせるものを指す。
サラミースの幻像はパーンのしわざ?
アテーナイの人々は戦捷の後に、マラトーンでもサラミースでも、不思議な恐れが敵軍を襲って混乱に陥れ、かつ何者とも知れぬ巨大な幻像が軍中を往来してアテーナイ軍を激励したのを追憶し、・・・パーンを祭り・・・。
パーンの死と皇帝ティベリウス
パーンの死の物語がある。プルータルコス『神話の衰退について』によると、ローマ第二代の皇帝ティベリウスの御世に、ある船がギリシアからイタリアに航行していた。そのとき、「お前がパローデスへ行ったら、皆に、大いなるパーンは死に果てた、と伝えてくれ」と呼ばわった。
それからイタリアへ到着したとき、この舵取りは皇帝ティベリウスに喚び出されて、事の次第を尋問された。皇帝は、つねづねこうした不思議に非常に興味を抱いておられたのである。
キュベレー
キュベレー・・・彼女は小アジアの北部プリュギアの大女神で、・・・
「大母儀」メーテル・メガレー、マグナ・マーテルと喚ばれ、大地母神ないし山の大女神系に属する、要するに万物生成の原理をあらわすもので、・・・
アプロディーテー、アルテミスも、同様な女神の系統に属するが、彼らははやくすでに先史時代にギリシア人のパンテオンに帰化し、・・・
塔をつけた冠
キュベレーの聖地は小アジアの北部、プリュギアにあるディンデユモン山で、
彼女はふつう頭に塔をつけた冠をいただき手にはシンバルやティンパノン(小さい鼓の類)をもち、獅子を連れ、あるいは獅子の曳く車に駕っている。
アッティスの物語アグディスティスの陽具から生れたアッティス
アッティスの物語・・・
ゼウス大神が精をもらされて、大地に落ちて、アグディスティスが生れた。
生れるときから一身に両性をそなえていたのを、神々が寄って男根を切り取り、女性とした。
この陽具を埋めたところから一本の扁桃の樹が生え出た。
河神の娘ナナが生み落とした。これがアッティスである。
コリュバンテスが自ら去勢する理由
婚姻の宴のおり、女神の姿が饗宴に現われた。
するとアッティスは惑乱して、自分の陽具を切り取ってしまい・・・
キュベレーの使徒、その祭司であるコリュバンテスは、舞い狂いながら身を傷つけ、また自ら男根を切り取り去勢するのだ、といい伝える。
キュベレー崇拝の伝播
ギリシアにおけるキュベレー崇拝は、小アジアのマグネシアーやスミュルナ、あるいは南イオニアのミーレートス、エペソスから本土でもラコーニアのアクリアイ、ボイオーティアのテーバイ、タナグラその他に及び、・・
キュベレー崇拝は、ギリシア人社会ではイオニアの諸都市、マグネシアー、スミュルナ、エペソス、ミーレートス)に波及し、本土(テーバイ、タナグラ)へ伝わった。
ポロス冠は、キュベレーやテュケー女神にみられるが、イシスの姉妹ネフティスと習合するのかもしれない。
カルタゴのタニトへの影響もあるだろう。
第三節 地下の神々
プルートーンからハーデースへ
プルートーンからハーデースへ
兄から弟へ格下げプルートーン
プルートーンで、彼は古伝(ヘーシオドス『神系譜』)によるゼウスより先に生れたはずだが、後にゼウスの威権が高まるにつれ、ポセイドーンと共に大体は彼の弟分格に引き下げられ、プルートーンはまた一般に一番末の弟と扱われている。p381
富を表す「プルートス」が語源
彼の名はいうまでもなく「富」を意味するプルートスに出ているので、本来は万物を生み養い育てる大地にこもる富の力を表徴したのであろうが、しばしば地下に埋蔵される金銀その他の資源にも解される、ことに鉱山の採掘が盛んになった古典期以降はそうであろう。p381
富から鉱山から地下から地下世界(冥界)の神ハーデースへ
一般的な富の神自身はプルートスとして別に存在を認められているから・・・
しかしギリシア文学では、彼はプルートーンという名よりも、むしろハーデースあるいはアイデースあるいは延べてアイドーネウスなど呼ばれることのほうが多い。
この名称はふつう否定の接頭辞a-と「視る」vid-との結合として、「眼に見えぬ」すなわち「地下の」(神)の義と解されている。p381
死の神タナトス
彼は直接に死の神ではない、「死」はタナトスとして、大体別な、忌まわしい陰気で不愉快で老人の神とされることも見受けられる。
冥界
冥王の国というのは直接にわれわれが住むこの大地の下ではなくて、どこかずっと遠方の、世のつねの人間の知識の及ばないところにある。p382
西方の涯、アスポデロス花咲く牧場
ヘルメース(プシューコポンポス)に案内されて、オデュッセウスに殺された求婚者たちの亡霊が・・・
彼らはやはしオーケアノスの流れに沿って下りレウカスの岩のそばを過ぎて、太陽が没する門をくぐり、夢の郷を経て、アスポデロス(青白い葱のような花を開く極楽百合、あるいはじゃぐまゆり)が一面に咲く牧場へと着く。ここが亡霊どもの棲居なのであった。p383
各地の洞穴の地底
しかし一般には地方伝説でも、ギリシアの各地に冥界への出入り口というのが、何カ所も存在していた。それは大概ふかい洞穴であって、その底が冥途に通じている、と信ぜられた。p383
タイナロン岬、ヘルミオネーの井戸、ピガリアーなど
ラコーニアの南端、タイナロンの岬に近い洞窟は中でも有名だが、同じくアルゴリスの半島部ヘルミオネー市の井戸、アルカディアのピガリアー、ポントスのヘーラクレイア、イタリアのキューメー(ラテンのクーマエ)などにも冥府への通路があると信ぜられた。p384
ハーデースの館
所在よりむしろその状況のほうが、一般人には関心事である。
万人の至り着く館の主である。それゆえ「多くの客を迎える」とも「万人共通な」とも呼ばれる。p385
ケルベロス
彼の館は、一般の通念によると、猛犬ケルベロスによって守られていた。
例により蝮の女精エキドナと怪物テューポーンの子とも称されるこの犬・・・p385
冥界の河
ステュクス、アケローン、コーキュートス、レーテーなど5つの川
この館をめぐって、冥界への入口やその周囲には、大体五つの河流があると想像された、ステュクス(憎悪)と、アケローン(悲嘆)、コーキュートス(号泣)、レーテー(忘却の川)、ピュリプレゲトーン(火で燃えている川)がそれである。p387
ステュクス
一番古いのはステュクスで、もう『イーリアス』からしばしば現われ、冥界を境する川として、すべての亡者はこの川を渡らねばならなかった。p387
アケローンのカローン老人
アケローンのほうはこれに比すると、由来がやや新しく、・・・
その艀に渡し守カローン老人は三途の川のしょうつか婆の役を勤める。p388
レーテー
レーテーの川は名のとおり、冥途へ赴った亡者が、前生のことを忘れるため飲むところである・・・p388
ホメーロスでは無感覚・無感情
ホメーロスあたりでは、亡霊はみな実体のない影のようなもので、
「力の抜けた者ども、死者たちの影まぼろし、と呼ばれ、活動力も一方では別に喜びも苦悩もない、p390
冥界 総括
地下と西方の二つの考え方がある。
地下:タイナロンの岬に近い洞窟などから「下っていく」から。
西方:エーペイロスに冥界の河と同名の河があるから。
地獄と極楽
因果応報の裁判
もっとも後になると、現世の所業によって種々な区別をつけられ、死者は通例冥府へゆくと、生存時の行いについて審判を受けるものと思惟された。p390
奈落タルタロスの住人たち
タルタロス(反逆・冒瀆者など重罪人の地獄)
冥界でも極悪重罪人の赴くところは、いわゆるタルタロス、いわば底なしの奈落、無間地獄で、これもごく特殊な神々あるいは最高主宰者への反逆人か冒涜者の主として送り込まれる場所、牢獄であった。p391
タンタロス(タルタロスじゃないよ、私タンタロス)
次にはタンタロスがあり、彼は神寵に傲って神々の知を試そうとした不埒者だった。p391
シーシュポス
次にはアイオロスの子シーシュポスがいた。かれはコリントスの創立者で、世にもっとも狡知にたけた者と考えられた。そのタルタロスへ送られた理由は明らかではなく・・・あるいは知をもって神を凌ごうとする人類の,空しい努力を象徴するとも考えられよう。p392
イクシーオーン
イクシーオーンはやはりゼウスの寵遇に傲って、妃のヘーラー女神に思いをかけたといわれ、その罰として彼は手足を車輪に結びつけられ、恐ろしい速さで永遠に回転をつづけている。p392
ダナイデス
ダナイデスはダナオスの娘らで、夫と定められたアイギュプトスの五十人の息子を暗殺したため、穴のたくさんあいた器で水汲みを命ぜられ、その無限さのゆえ、おそらくまたタルタロスに配せられたのであろう。p393
クロノスらティーターン族
このほか元来タルタロスにあるはずのクロノス以下ティーターンの一族、・・・もっとも一説では、ゼウスはのちにティーターンらを赦して、幸福の島に置いたともいわれる。p393-394
極楽はどこ?
一方その反対の極楽に相当する、祝福された者たちの居所はどこであろうか。p394
エーリュシオンという理想郷(西の涯)
『オッデュッセイア』に、・・・・エーリュシオンの野に遣られるであろう、・・・「オーケアノスが、爽やかに吹く西風ゼピュロスの息吹を送り、」すなわち、
ここではこの「極楽」は、オーケアノス、つまり世界の涯の、どこか海辺にでもあるエーリュシオンという理想郷となっている。p394
オーケアノスのかたわらの「至福者の島々」
ヘーシオドス『仕事と日々』・・・
オーケアノスのかたわらの「至福者の島々」、幸福の島に住まわっている。
クロノスがそこを治める。p395
同様に西の涯にある理想郷。モデルはフェニキア人の都市ガディールであろう。
ヘカテー
ヘカテー・・・亡霊の女王としてあらゆる魑魅魍魎を操る、悪阻らしい物凄い形相の女神と考えられた。しかし本来はペルセポネーと同じく、大地の豊饒性を象徴する女神だったに違いなく・・・
p396
復讐の女神エリーニュース
道義上あるいはそれ以前の、慣習法的な制裁の神格化を意味するものに、復讐の女神たるエリーニュース(複数はエリーニュエス)がある。
・・・血縁関係の掟を冒瀆する者への復讐、処罰であった。p402
氏族社会における正義と秩序の守り手
つまりエリーニュエスは、根本においては特に復讐の追及よりも、氏族社会における正義と秩序の守り手である、それは個人的な正義や責任感以前の理念だった。誤って人、血縁者を殺害しても、彼は追われねばならない。p403
第四節 水域の神々
一、ポセイドーン
ポセイドーンとは?
ポセイドーン(古くはポセイダーオーン)
『イーリアス』で彼がもつ形容詞は、「大地を保つ」「大地を揺るがす」「紺黒の髪の」で、
その本拠はアイガイア海(エーゲ海、または多島海ともいう)辺にあると思しいアイガイの海底ふかく、黄金の燦然たる宮居である。p406
ポセイドーン信仰の領域(アオイリス系による拡散)
イオールコス王家
ギリシア民族のイオニア系と特殊な関係をもっているらしいことが察せられる。まず北ではテッサリアのイオールコス(「イオニア人の港」とも解される)で、その伝説の古王ペリアースは実にポセイドーンの息子とされている。p409
そして彼の義理の甥に当るイアーソンは、例の「アルゴー遠征譚」の主人公で、はるばると黒海を横断し、カウカススの麓の怪しい国コルキスに渡って、金羊の裘をとってきた人物、p409
イオールコス王家は、アイオリス系でイオニア人の祖であるが、ペリアースとネーレウスの兄弟の父はポセイドーン。
イアーソンの遠征は、イオニア人・アイオリス人の里帰り植民の投影。
イアーソンは、ポセイドーンの妃たるヘーラーの寵児。
ピュロスもポセイドーン崇拝
彼の兄弟のネーレウスは故郷を出て、ペロポンネソスの西南隅ピュロスに居を定めた。ピュロス出土のミュケーナイ文字古文書には、ポセイドーンを特に崇拝したらしく、その名が繰り返し記されていた。p409
オルコメノスのミニュアス人
またボイオーティアの古都オルコメノスに拠るミニュアイの一族も、ポセイドーンの信仰者として知られ、その名祖ミニュアースはポセイドーンの子といわれる。(アイオリス系)p409
イストモス地峡の社
その他半島への入口をなす地峡部イストモスには、有名なポセイドーンの社があり、東南のアルゴス州(アルゴリス)半島部海岸のナウプリア、トロイゼーン、カラウリア島など、いずれもp409
イストモスにあるコリントスは、プロト・フェニキア人の導入したポセイドーンと、原ギリシア人が導入したヘーリオスがとくに崇拝されていた。
アイガイ、アイギオン、ヘリケー
それより西、アカイア州の海岸には、アイガイ、アイギオン、ヘリケーなど、この神に因縁の深い地名が並び、p409-410
ナウプリア、トロイゼーン、カラウリア島
東南のアルゴス州(アルゴリス)半島部海岸のナウプリア、トロイゼーン、カラウリア島など、いずれもポセイドーン信仰の盛んな土地で、一帯にポセイドーンの祭祀を中心とする隣邦組織をつくっていた。
トロイゼーン
中でもトロイゼーンは、アテーナイの伝説的英雄テーセウスの故郷であるが、彼もまたポセイドーンの胤といわれた。
イオニア移住組は、ポセイドーン信者
イオニア移住組はポセイドーン信徒
そして興味深いことには、これらの地方こそ、ギリシア民族があい率いて海の向こうに移住したとき、イオニア諸市形成の中心となったものである(ヘーロドトス・1/145-6、その中にはミニュアイ人やエピダウロスのドーリス?人も入っている)。
(ヘロドトスの第一巻145-6にイオニア移住についての詳しい叙述がある!)p410
イオニア十二都市のパンイオーニア大祭
ともかくもイオーニア人は大体もとこれらの地方に占拠していた種族を中心とし、ポセイドーンの崇拝を小アジアに移した。
ミカレーの大社殿がそれで、この社を中心にイオニアの十二都市が結合して、パンイオーニア大祭を挙行したのであった。p410
ミュカレのパンイオーニア大祭の本拠は、ヘリケー市。
アカイア地方のヘリケー市のヘリケー社のポセイドーンが本地だろう。
ドーリス系のハリカリナッソスやイタリアのポセイドーニアー
その他ドーリス系のハリカルナッソス市(イオーニアの南にある)や、南イタリア海岸のポセイドーニアーも、同神崇拝の一中心であったが、この町こそ現在ペスツムの名で、数個のギリシア神殿廃墟を擁する有名な古跡である。p410
二、ポセイドーンの眷属
しょぼい妃アンピトリーテー
彼の妻として海の女王となるアンピトリーテーは、兄弟であるゼウスやプルートーの妃ほど、高い身分の出ではない。彼女は海の老神ネーレウスの娘でありから、英雄アキレウスの母テティスなどと姉妹のわけである。
どうしてもアンピトリーテーはこの気むずかしい夫が好きになれず、とうとう思い切って、遠い海の果てのアトラースのもとへ、一説ではオーケアノスのところまで、匿ってもらいに逃げていった。その行方をポセイドーンは血眼で捜し回ったが、どうしても解らなかった。p411-412
神の子は獣じみたトリトーン
ポセイドーンとアンピトリーテーとの結合から生れたのは、同じく海の神で、ふつう下半身は魚(または蛇形)、胸から(時には腰から)上は人間の姿のトリトーンである。p412
トリトーン河生れ?
トリートーンは通例両親神の住まう海底の宮殿にいるが、その本拠はボイオーティアあたりらしく、オルコメノスの近くのアラルコメナイを流れるトリートーンという河がその源だともいわれる。p413
アテーナーの別称トリートーニスまたトリートゲネイア
この語は水に深い因縁をもつ言葉らしく、アンピトリーテーももとよりその一つ、また女神アテーナーの別称トリートーニス、あるいはトリートゲネイア(アラルコメネースの称号にも注意)も、なにかの因縁を感じさせる。p413
アンピトリーテーはトリートニス湖の精霊か
彼女は古い「水」の精霊だったのかも知れない、後にはもっぱらアフリカのリビュアにあるトリトーニス湖に住まうと考えられた。413
メドゥーサの『変身物語』
ポセイドーンはゴルゴーンの一人メドゥーサとも懇ろを重ねた。
メドゥーサはもとは非常に美しい少女でもってポセイドーンの寵愛をうけ、ことに見事な髪の毛を誇っていた、それでポセイドーンの妻アンイピトリーテーの憎しみを受け、あるいはアテーナー女神の嫉みを買って、ふためと見られぬような醜さに、髪も蛇に変えられたという。
その上にもアテーナー女神はペルセウスをさし向け、彼を教唆してメドゥーサの首をとらせたのだと。
しかしなぜアテーナーがポセイドーンの愛人を嫉むか、その理由が明らかでない。p425
メドゥーサは、ポセイドーンの妃にして、アトランティスの女王だったのであろう。
古典期のアテーナイで、ペルセウスは捏造された。
アトランティスをアテーナイとエジプトの共通の仮想敵国として構築したサイスのネイト信者とアテーナイのアテナ信者は、テーバイ帝室の世界帝国アトランティスを悪の帝国として描いたのであろう。
ペーガソスの語源はペーゲー(泉)
メドゥーサの首から迸り出た血によって、翼のある天馬ペーガソスが生れた、という伝説は、彼女がポセイドーンによって身重になっていた話と、よく照合する。
なぜというと、ペーガソスは第一に泉(ペーゲー)にちなみ、p426
メドゥーサの語源は「支配する女」
第二に馬はポセイドーンの変身でも、あるいはトーテムでもある動物なのだ、メドゥーサ(支配する女)という名称をもつ彼女は、あるいは始めから妖怪ではなかったと考えられる。p426
コリントス市の古い主女神
コリントス市に古くメドゥーサという女神があった。おそらくは彼女もギリシア先住民族の主女神の一人で(デーメーテールと結局同一神であろう)、ポセイドーンはその夫神であり、デーメーテールと同じくその胎から、馬形の神霊を産んだものであろうか。
メドゥーサとは「統治する女神」の意味である。p426
コリントス市は、ポセイドーンとメドゥーサの統治する神域であったのだろう。
メドゥーサの功績を、アテーナイ人は、メーディア王国の祖にこじつけて捏造した魔女メーデイアに横取りさせた。
それが、パウサニアスが紹介しているエウメロスのメーデイアをイオールコスから招聘した伝説であろう。
イオールコスはポセイドーン信仰の地であるから、招聘したのはポセイドーン信者であろう。
アテーナイでのポセイドーンとアテーナーの争い
アテーナイ市の保護権を、彼とアテーナー女神がと争った話である。
そのおりに彼が三叉戟で突いたところから湧き出たという井戸は後代までエレクテウスを祭った社殿(エレクテイオン)の中にあってその味が塩辛く、また耳を傾けると、南風の吹く日は、潮騒の音がその中に聴き取れるといわれた(パウサニアース)。p427
アテーナイでのポセイドーンとアテーナーの争いは、繰り返されたテーバイ帝室とイオールコス王家の連合軍の支持するポセイドーン信者と、ダナオイ人の支持するアテーナー信者の抗争の投影であろう。
パンディーオンは、ダナオイ人で、それを討伐したのがエレクテウスであり、エレクテイオンにポセイドーンの神域を造った。
のちにアカイア人がダナオイ人と共闘して、アテーナイを奪還し抗争は続く。
三、コリントスのイストミア祭
イストミア祭はポセイドーンの祭
ポセイドーンの祭として最も知られた物には、先に述べたパンイオーニア祭のほか、コリントスのイストモスで行われるイストミア祭りがあった。
これはコリントスの郊外スコイノスにあるポセイドーン社の大祭で、前六世紀の初め頃(前五八一年といわれる)から隔年に挙行され、ことに運動競技をもってギリシア中から観衆を引き寄せていた。p427
シーシュポスの創始
その起源は、コリントスの神話的な開祖シーシュポスに遡り、彼が甥に当るメリケルテース=パライモーンを弔うために興したものと伝える。
最初は、メリケルテース(メルカルト)を祀る祭であった。
メルケルテース=メルカルト=ポセイドーン
彼は死んで海神となったというが、おそらくはセム族の神メルカルトで、ポイニキア人の航海者の守護神とされ、それが上代に貿易業者として知られたコリントス人に及び、ポセイドーンに転身して祭祀をここに享けているのではないか、と考えられる。p428
テュロスの航海の安全を保障する主神(バアル)であるメルカルトが、メリケルテースとしてフェニキア系によって輸入され、ポセイドーンへと転じた。
それをテーバイ帝室と共闘したイオールコス王家をはじめとするアイオリス人は、自分たちの主神として導入したのだろう。
四、ポントスの眷属
「海」ポントス
ポントスのほうは形式的な、より非人格的な「海」そのものを表すと考えられよう。
それでも彼は、同じくヘーシオドスによると、ネーレウスやタウマース、ポルキュースおよび頬の美しいケートーを子に持った、と記されているp431
貪食な怪鳥ハルピュイアイ
虹の姉妹が貪食な怪鳥ハルピュイアイ(英:ハーピーズ)とは、いささか心得がたいことだが、その本体は元来単につむじ風、竜巻のような、地上の物体、たまには人間などをも攫って空に持ち上げ、どことも知れず運んでゆく空中現象の神化である、とすればそれほど奇怪でもなくなろう。p437
怪物の両親ポルキュースとケートー
ポントスの次の息子ポルキュースと娘ケートーとは、ギリシア世界の、およその怪生の類の海の親とされている。p441
ケートーたちの子供たち
エキドナ、スキュラ、セイレーネス、グライアイ、ゴルゴーンたち、さては地獄の怪犬ケルベロス、ネメアーの獅子、何でもこうしたものは、皆ポルキュースとケートーとの子にされてしまうのである。p442
ボイオーティア生れの伝承もあるグラウコス
もう一人、グラウコスという海坊主じみた神がある。これは一伝では(アイスキュロス『海のグラウコス』、その他)ボイオーティアの海岸の一村アンテードーンの創立者アンテードーンと、あるニンフの間に生れた子で、漁師をして暮らしていたが、・・・彼は下半身は魚であるが、上半身は人間のままで、p443
メッシーナ海峡のグラウコスはスキュラに恋する
オウィディウス『転身の物語』によると、グラウコスは女怪スキュラ(ポルキュースあるいはテューポーンの娘という)がまだ美しい少女だった時分に、夏の暑さに疲れたおりなど、静かな入り江にひとりで水を浴びていた、そのところを見てはげしい恋にとらわれ、今までのびやかに吹き鳴らしていた法螺貝を抛り出してその側により、いろいろと口説きはじまえたという。
それはシチリア島が、イタリアの靴の先と向かい合うところ、メッシーナ海峡に面した入り江だった。p446
嫉妬したキルケーの毒で変身
キルケーはグラウコスに大分気があったので、魔法の草を煮てつくった怪しい汁を携えると、スキュラがいつもよく水を浴びる池のところへ来た。p447
スキュラもアンピトリーテーに嫉まれた??
あるいはグラウコスではなくて、海神ポセイドーンの愛をうけていたところ、その妃アンピトリーテーがそれを知って、嫉みからキルケーに頼んで、スキュラをこんな目にあわせたのだ、ともいう。p448
フェニキア人の神ポセイドーンとその妃格の美しい少女たちスキュラ、メドゥーサなどは怪物にされたわけだ。

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