第四章 諸王家の伝説
第一節 アイオロスの一族
一、ヘレーンの子アイオロスの系譜
普通の人間としていちばん主要な家系は、察せられるように、デウカリオーンの子ヘレーンを祖とするもので(彼はギリシア人、ヘレーネスの祖とされるので)、ことにその子のうちアイオロスは、多数の子女を擁し、厖大な系譜を示しているから、まず彼から説くことにしよう。p450
クスートスとドーロス
アイオロスの兄弟のうち、クスートス・イオーンはアッティケーの伝説および第一章に延べられ、ドーロスはあまり伝うべきところがない。p450
ヘレーン
洪水を治めたデウカリオーンは、ピュラーとの間にヘレーンを儲けた。
ヘレーンはすべてのギリシア民族の宗祖であって、かれらが自らヘレーネスと称するのは、このヘレーンによるという(しかしもちろん、いわゆる名付けの英雄にすぎない)。p451
ドーロス・クスートス・アイオロス
ヘレーンは、三人の子ドーロス、クスートス、アイオロスに、国土を分配して与えた。p451
アカイオイとイオーネス兄弟説のトンチキ
クスートスはペロポンネソス半島を分け与えられ、アカイオスとイオーンを儲け、それぞれにアカイア人(アカイオイ)とイオーニア人(イオーネス)の祖となった。p451
ドーリス人
ドーロスは中部の、ペロポンネソスに対する地方を得て、ドーリス人の祖となった。p452
アイオリス人
一方、アイオロスは、その北に当るテッサリアを中心とする地方を分け与えられ、領民をアイオリス人と呼んだ。p452
アイオロス王家とアイオリス人・・・明確に区別
アイオリス人とアカイア人は親戚
アイオリス方言は北アカイア方言と称せられるように、これらとかなり親縁の関係にある。p452
アイオリス人とドーリス人分かちがたい
歴史時代の本土のアイオリス方言、すなわちテッサリアやボイオーティア方言には、相当、ないし多分のドーリス要素が加わっている。p452
最新参がドーリス人
ドーリス人は最も新しく、紀元前一二〇〇ー一〇〇〇年頃を中心として、西北部から近縁の種族と共に南下したものらしい。p452
ニ、アイオロスの子どもたち
アイオロスの子サルモーネウス
アイオロスの子のうち、サルモーネウスはテッサリア州を領していた(のちエーリスに移り、一市を建てたともいう、一般にテッサリア人が、のちに南下してペロポンネソスに移った例は甚だ多く、史実を反映するものと考えられる)。p452
彼は自分の権勢に傲って、不敬のために滅ぼされた。
ゼウスが雷霆をひきいるのに倣って、がらがら音をたてる乾いた革の束を青銅の釜に入れて車でころがし、雷のまねごとをした。p453
サルモーネウスの双子の孫がペリアースとネーレウス
ポセイドーンの寵児(イオールコスとピュロスはポセイドーン信仰)
このサルモーネウスはテュローという一人娘をもっていた。
彼女はポセイドーンの胤を宿し、やがて双子を産んだが、叔父に憚って山中に棄てた。この子が後のペリアースとネーレウスで、ペリアースの名は、山中に捨てられたとき、通りかかった牧人の馬の蹄にかかり、顔に赤痣(ペリオン)ができていたためだという。p453
アイオリス人がペロポンネーソスに来たときは、ポセイドーン信者であった。
コリントス地峡にポセイドーン信仰を繁盛させたのもアイオリス人だろう。
もしくは、アイオリス人(テッサリア人)は、南下して、フェニキア系が導入したポセイドーン信仰を受け入れたのかもしれない。
テッサリア人が航海の神を崇拝するのはあまり整合性がないからである。
ヘーラーの怒りを買うペリアース/ヘーラーの寵児イアーソーン
二人は成長してから母のことを知り、彼女が継母のシデーロー(鉄の女の意)に虐待されていることを見て憤りを発し、ヘーラーの神殿に逃げ込んで救いを求めたのを、追いかけて祭壇の上で斬り斃したという。p454
このようにヘーラー女神に対して不遜であったことが、後にペリアースが女神から憎まれ、反対に彼の対抗者であるイアーソーンをヘーラーがしきりに庇護し、激励した原因の一つであろう。p454
三、ピュロス王家
ネーレウス、ペロポンネーソス西南に来てピュロス市建設
ペリアースは、義兄弟に当るアイソーンの領土を簒奪し、甥のイアーソーンを追い、実の弟のネーレウスとも争いを起して、彼を放逐した。
それでネーレウスはペロポンネーソスの西南に来て、そこにピュロス市を建設した。
彼は多くの男児と、一女ペーローとを儲けた。p454
ヘーラクレースのネーレウスの子供ら制圧
のちヘーラクレースがエーリスのアウゲイアース王と争い、ピュロスを劫略した際、この子供らは、ちょうどテッサリアに送られていたネストールを除いて、皆殺しにされた。p454
ペーレウス一族がピュロスを建設したのではなく、すでにクレタ島からのフェニキア人の建設したピュロスに殴り込みをかけ、ヘーラクレース(テーバイ帝室)に返り討ちにされたのだろう。
四、イオールコス王家(アイオリス王系の宗家)
パガサイ湾のイオールコス市(イオーニア人の海外進出の拠点)
次にサルモーネウスの弟クレーテウスはテッサリアの南部を領して、パガサイの湾に臨むところにイオールコス市を建設した。(この地は先史時代からミュケーナイ分化の一地方中心をなす古都であった。おそらくその名のごとく、イオーニア系種族の、一根拠地だったろうと推定される。
この人々が、ペリアースやネーレウスを含めて、ポセイドーンと縁の深いことも、同神を祖神と仰ぐイオーニア人、またミニュアイ族との密接なつながりを思わせよう)。p455
パガサイ湾の奥のイオールコス市は、アイオリス人の総本家。
ヘレーンからの直系でアイオロスの子クレーテウスの直系がイアーソーン。
クレーテウスとテューローの子がアイソーン
彼(クレーテウス)ははじめシデーロー、のちテューローを娶り、後者との間にアイソーン、アミュターオーン、ペレースを儲けた。p455
つまり姪のテューローとの間にアイソーンをつくったということ。
イオールコス王アイソーンを隠居させペリアースが簒奪
クレーテウスの後を継いでイオールコスの王となったアイソーンは、一子イアーソーンを儲けた。
しかし義兄弟に当るペリアース(テューローの連れ子)が、アイソーンを隠居させ、イオールコスの支配権を簒奪した。p463
あばずれテューローの私生児ペリアースが、貴公子アイソーンをおしのけた。
ポセイドーンの子と称したと言うことは野合で生まれた私生児である。
アイソーンーイアーソーンは貴種であるが、ペリアースは父の素性が不明。
しかし、ペリアースの息子が最終的にイオールコス王家を継ぐ。
親父はともなく息子は貴公子。
五、ボイオーティアのオルコメノス王家
アタマース
アイオロスの息子アタマースは雲との間に一男一女
アイオロスの息子らのうち、アタマースの血統はどうなったろうかといえば、彼はボイオーティア州の統治に当り、ネペレー(雲の精)を妻として、プリクソスとヘレーという一男一女を儲けた。
アタマース、カドモス一統のイーノーと結婚、二児儲ける
その後、ネペレーは彼のもとを去ったので、
彼はまもなくカドモスの娘イーノーと再婚した。
ディオニューソスを養育したと前にあった、その生母セメレーの妹である。
しかし彼女にも二人の男児レアルコスとメリケルテースが生れると、継子に対して邪魔者扱いをはじめた。
イーノー継子プリクソスを人身御供に
イーノーは、使者をそっと招いて、プリクソスを生贄として、ゼウスに人身御供とすれば、凶作がやむだろう、と返事にいうよう説きつけてしまった。
母の雲の精がプリクソスとヘレーを金毛の羊に乗せる
プリクソスを、ゼウスの祭壇につれてゆき、まさに犠牲にささげるという段取りになった。そのとき、彼の生母であるネペレーは、もとより妖精のこととて次第を察知し、プリクソスを雲霧につつんで空に引き上げ、妹のヘレーと共に宙を飛ぶ金毛の羊に乗せた。
ヘレースポントス縁起
ヨーロッパからアジアへ渡る海峡にさしかかったとき、ヘレーは、はるかな波間へ墜落してしまった。それからの瀬戸をヘレーの渡し、すなわち、ヘレースポントスと呼ぶようになった。
コルキス王アイエーテースがプリクソスを迎え、金羊裘を獲る
彼はついに黒海の奥なるコルキス国に着いた。
そこの王アイエーテースは彼を迎えて客とし、婿にしたとも殺したともいう。一方のこの金毛の羊はゼウスの祭壇に献げられ、その裘はアイエーテースが獲て、奥深いアレース神の森の老槲の枝にかけられ、悪竜が眠ることなくその番につけられていた。
かの巨船アルゴーの遠征は、この金羊裘を目指して行われたものである。
アタマースの祭祀王として凶作責任の人身御供説(ヘーロドトス)
しかしこのプリクソスの犠牲は時にアタマースにも及んで、地方の別伝では彼自身が凶作のために犠牲にされようとしたものらしい(ヘーロドトス・7・197)。
つまり原始民族間で、凶作の責任が、宗教的な責任をもつ王にかかる(またその死によって厄払いが行われる)という話である。p467
六、コリントス王家
コリントス王シーシュポス
コリントスのアクロポリスの建設者
アイオロスの子の、次はシーシュポスである。彼は中部ギリシアとペロポンネーソス半島をつなぐ地峡地方の、古い伝説的な君主であるが、すでにホメーロス『イーリアス』6・154でアイオロスの子とされている。
コリントス市の城市アクロコリントスが古い彼の居城となっていて、事実この地からすでにミュケーナイ時代、あるいは前ミュケーナイ期の遺物が発掘されている。
コリントスの古名はエピュラー
しかし英雄時代およびギリシア中世(前一二世紀ー八世紀)では、この町は比較的重要ではなく、近隣のアルゴス、シキュオーン、メガラなどに押されていた。シーシュポスの都城はふつうエピュラー(エピュレー)と呼ばれ、これがコリントスの古名とされている。
エピュラー(コリントスのアクロポリス)は、英雄時代以前は強大でなく、
むしろシキュオンに押されていた。
アルゴスの藩王国的地位。
下劣なゼウスに正義の善意のシーシュポス
ゼウスが河神アーソーポスの娘アイギーナをかどわかしたのを、シーシュポスがおせっかいにも、しりきに娘を訪ねさがしている父親に知らせ、こうしてゼウスの邪魔をした報いだとも伝えられる。
狡知に長けたシーシュポス
これらの伝に見ても彼が狡猾でしたたかな、一筋縄ではいかない男なのが窺われるが、古来の伝説文学にも彼はそのとおり、人間のうちでも最も狡知に長けた者として知られている。
イストミア祭を創始
シーシュポスはまた時分の領内に兄アタマースの幼児メリケルテースの亡骸が上がったのを葬り、兄への心づくしに葬送の競技を催した、これからかの後世に四代競技の一として知られるイストミア(地峡の祭の義)祭が始まったという。
シーシュポスは、アタマースの弟のアイオリスこ子どもたちの一人。
つまりメリケルテースは甥にあたる。
イーノーがヘーラーの投影であるから、アイオリス系の王シーシュポスが、メリケルテース(のちにポセイドーンに発展)すなわちフェニキアのバアル(主神)を祀ることを創始したことになる。
アイオリス系は、文化先進民族のフェニキア系のカドモス一統の藩王国を形成していたのだろう。
シーシュポスの孫ベレロポンテース
彼の一子で前に述べたグラウコスについては、あまり事績が知られていない。グラウコスは、一子ベレロポンテース(悲劇詩人などではベレロポーン)を儲けた。
コリントス随一の英雄ベレロポーン
あるいは彼の真の父はポセイドーン神だともいう。ともかく彼はコリントス随一の英雄として、また天馬ペーガソスを御する姿で広く知られている。
ベレロポーンの出自
ベレロポーンは生い立つと、他にすぐれて秀麗な眉目と、誰もかもほれぼれとならせるような男振りとを神々から与えられた。いかにも彼をポセイドーンの胤だという世間の噂も真実に違いなかった。勇気においても武術においても、彼に及ぶ者ははなかった。
ポセイドーンの胤は、ダナオイ人かカドモイ人。彼はおそらくカドモイ人。古い英雄はポセイドーンの、新しい英雄はゼウスの胤とみてよかろう。
アイオリス系は、フェニキア系のポセイドーンをギリシア本土の主神として拡散させたのだろう。
ポセイドーン(Ποσειδῶν)は、パー・シドンという解釈もある。
新開正『ベルベル人の足跡』の「マーティン・バナールによるとポセイドンはパー・シドン(シドンの神)であり、古代エジプト語・セム語の混種語と説く。」とある。
バナールが出典か。
つまり、ポセイドーンがギリシアに導入された時は、フェニキアではシドンが優勢だったのだろう。
テュロスの都市神メルカルトがヘーラクレースに、シドンの主神(バアル)が、ポセイドーンになったのだろう。後のシドンの主神エシュムン(バアル・エシュムン)は、アスクレーピオスになったと思われる。
コリントス亡命の理由
ところが不幸なことに、彼は競技の際誤って親族を殺してしまった、
ともかくそのため故郷であるコリントスを亡命しなくてはならなくなった。
アルゴスで寄寓
そこで彼は程近いアルゴスの王プロイトス(縁戚にも当り、またおそらくこの時代に、コリントスに対し宗主権をもっていたと思われる)のもとに往き、罪からの潔めをしてもらうと共に、しばらく寄寓をしていた。
アルゴスのプロイトス王は、テーバイ帝室のクレオーン王の投影で、テーバイ帝室が軸足をアルゴスに移したころを想定しているだろう。
小アジアへ行く理由
しかしさすがに、客人として頼られている形のものを害するのは、「賓客を守る」ゼウス・クセニオスにも畏れがあるので、
怪しい文字(たぶんミノア文字であろう)で書き認めた板文を固く封じてベレロポーンに手渡し、
それを携えて小アジアのリュキアにいる、彼のしゅうと、すなわちアンテイアの実父である、イオバテース王のもとに赴かせた。
これはアルゴス王家の小アジア里帰り遠征を意味するだろう。
キマイラ退治
そこでイオバテースは、その頃国を荒らしていたキマイラ退治を命ずることにした。
このキマイラというのは牡山羊の類であるが、口から猛火を吐く霊的な存在と知られた。
あるいは山羊の頭をもつ女の姿で、または前半身は獅子、後ろは大蛇、中ほどが山羊として表される(後代の美術では多くの蛇の尾をもつ牝獅子で、その胴中から山羊の頭がとび出している姿に描かれる)。
キマイラ(牡山羊がもと:獅子に不自然に山羊の首つき、おきまりで蛇しっぽ)
カーリアの領主が育てた
このキマイラをカーリアの領主アミソーダレロスが大きく育てたところ、人畜におびただしい害を与えるようになったというが、その仔細はあきらかではない。またヘーシオドスは、例のごとくこの怪獣を、テューポーンとエキドナとの仔であると記している。
ペーガソスを馭してキマイラ退治
ポセイドーンは彼に贈物として、翼をもった天馬ペーガソスを与えてくれた。このペーガソスに馭して天空を駆けり、ベレロポーンは首尾よくキマイラを退治することができた。
小アジアの王イオバテースの婿になる
その剛勇と、想定される神々の援護とに、改めてイオバテースはベレロポーンの人柄を見直し、まことにも彼がポセイドーンの胤であろうと思って温度は心から歓待すると共に、自国に引き留め、末娘と領国の半ばとを彼に与えた。
この娘の名はホメーロスにも挙っていず、定かではないが、あるいはカッサンドラー、・・・あるいはアルキメドゥーサという。
ベレロポンテースの妻が小アジアの王女で、カッサンドラーもしくはアルキメドゥーサというのは意味深長だ。
カッサンドラーは、テーバイ帝室のギリシア本土の「トロイア戦争」の時の王女の名で、アルキメドゥーサは、大地母神という意味であろう。
アイオリス王家(テッサリア王家)とテーバイ帝室の共闘をも投影しているのだろう。
孫サルペードーンはトロイア戦役でヘクトールを扶けて戦死
娘ラーオダメイアはゼウスの寵を受けて一子サルペードーンを儲けたが、・・・サルペードーンは後にトロイア戦役に出陣し、ヘクトールを扶けて花々しく奮戦したが、ついにパトロクロスの手に掛って、あえない最期を遂げるのである。
ベレロポンテースとカッサンドラーの息子サウペードーンが、ヘクトール(テーバイ帝室の帝王で何代目かのヘーラクレース)を助けて戦死するというのは意味深長である。
ベレロポーンの神罰はカドモスの子孫のアカイア人による弾圧の投影
ベレロポーン自身も、神々の憎しみを買い、野山を、あるいはアレイオーンの野を、ただ一人してさ迷い歩いた、とホメーロスは伝えているが、(『イーリアス』)、あるいはこの神々の憎しみは、彼がペーガソスに乗って天界に至り、神々の仲間入りをしようと思った、その不遜に基づくものだともいう。それで彼は天馬から突き落とされ、アレイオーンの野に墜落して気が辺になり迷い歩いたのだ、と。
彼も人民英雄であり、祖父シーシュポスと同じで、また大先祖のプロメーテウスと同じで、アカイア人の侵入から、ギリシア本土の民衆を守るために戦い斃れたのであろう。
理由は地上の不正からの神々の存在への不信と義憤
またエウリーピデースの初期の作『ベレロポーン』では、彼が天界に赴いたのは倨傲からではなくて、ほんとうに神々が天上にいますかどうか、実見するためであった。
地上に行われる不正のおびただしさから思うと、どうしても神々が実在するとは彼には信ぜられなかったからである。
彼は天上から落ちて足を折り重傷を負うが、しかも神々を信じえなかった。
そして内なるまことの敬虔と正義と人間愛とのうちに、死を遂げるのであった。
エウリピデースの時代は、神話をそのまま信じるプリミティブなものは無学の民衆くらいだったのだろう。
タレスが創始したギリシア哲学の影響であろう。
七、ポーキス王家
ポーキス王デーイオーンの子孫
ポーキス王のアクトール
アイオロスの息子のうち他の三人について述べると、デーイオーンはポーキスの領主となり、クスートスの娘ディオメーデーを娶って、息子アイネトス、アクトール、ピュラコス、およびケパロスを生んだ。
このアイオリス系のデーイオーンの子アクトールが、ポーキスの領主であり、アカイア人の野盗集団ミュルミードンを率いるアキレウスの親子に簒奪される王室を形成する。
アテーナイ王エレクテウスの婿ケパロス
ケパロスはエレクテウスの娘プロクリスと結婚した。彼の物語はアッティケー諸王の項を見られたい。
八、メッセニア王家
メッセーネー領主ペリエーレース(アイオリス系)
またペリエーレースは、メッセーネーを領し、ペルセウスの娘ゴルゴポネーを娶って、間にアパレウス、レウキッポス、テュンダレオース、イーカリオスらの息子を儲けた。
ペリエーレースの子アパレウス
これらのうち、アパレウスは、アルゴー遠征に加わり千里眼で知られたリュンケウス(アルゴー遠征譚の項参照)や、イーダース、ペイソスの父である。
後にディオスクーロイの敵になるリュンケウスとイーダースの父である。
ペリエーレースの子レウキッポス
レウキッポスは、双子神ディオスクーロイのそれぞれ愛人となったヒーラエイラとポイベー、およびアポローンに愛せられたアルシノエーの父とされる。
後にディオスクーロイに誘拐される娘たちの父である。
メッセーネー領主の子がラケダイモーン領主?
テュンダレオースは、ヘーラクレースに助けられて、ラケダイモーンの王となり、双子神を生んだレーダーを娶った。
ラケダイモン王家でディオスクーロイに援助されるテュンダレオースは、当然メッセネ王のペリエーレースの子ではないだろう。
オイバロスの子テュンダレオース
一説ではテュンダレオースとイーカリオスはペリエーレースの子ではなく孫で、父はオイバロスだという。
テユンダレオースは、ゴルゴポネーの再婚したラケダイモン王オイバロスの子である異説が正しいだろう。
九、アイトーリア王家
アイオロスの2人の娘たち
次にアイオロスの娘たちおよびその子孫について、しばらく延べよう。
カリュケーとカナケーである。
アイトーリア王家
娘カリュケーの子エンデュミオーン
まずカリュケーはというと、彼女はデウカリオーンの孫に当るアエトリオスに嫁いで、間にエンデュミオーンを儲けた。
彼はテッサリアから一族を率いて南下し、エーリスの建国者となった。
彼について最も有名な伝説は、月の女神セレネーとの物語である。
このエンデュミオーンは、他のニンフとの間に一子アイトーロスをもっていたという。
アイトーロス
アイトーロス・・・アイトーリア地方の開祖というために造られたのであろう。
説明として、彼はポローネウス(イナコスの子である)の子アーピスを殺してテッサリアを亡命し、アイトーリア(西南に当る)へ赴いたのだという。
アイトーロスがエンデュミオーンの子なら、エーリスの王子のはずだが、なぜかテッサリアに留まっている。
けだし、エンデュミオーンは、エーリスの「生え抜き」の大王の投影であろう。
アイトーロスは、母方からアイオリス王家につながる。
プレウローンとカリュドーン
アイトーロスの子にプレウローンとカリュドーンの二人の息子があった。
同名の両市の開祖というわけである。
アイトーリア地方の二大都市。アイトーリア王家の二血脈。
ポルターオーン
(プレウローンの息子とカリュドーンの娘の結合から生れたつなぎの人物)
オイネウス:古都カリュドーンの王
ポルターオーンの長子オイネウスは、父祖以来の地カリュドーンを都としていた。(この市は由来がきわめて古く、西北ギリシアではほとんど唯一のミュケーナイ文化の遺跡をのこす地点である。この町が先史ギリシア伝説で相当重要な地位を占めているのも故のないことではない)。
オイネウスの正体:葡萄酒男
彼はディオニューソス神から葡萄樹を最初に授けられた者というが、これは一つに彼の名が「葡萄酒男」とも解されるのに基づく。
代々プロト・カルタゴ人との交流でポセイドーン信者であったアイオリス系のアイトーリア王家が、テーバイ帝室との結びつきから、ディオニューソス信者になったことの投影であろう。
メレアグロスとデーイアネイラ
テスティオスの娘アルタイアーを彼は娶って、メレアグロスら三男と、デーイアネイラの二女を有した。
アイトーリア王家の英雄メレアグロス
メレアグロスに眠り姫伝説のような糸紡ぎの女
三人の怪しい姿の女・・・糸を紡ぎながら、「この木片と同じだけの長さの寿命をあげる・・・」アルタイアーは、急いで木片を炉から摘まみ上げると水に入れて火を消した。箱の中にしまっておいた。
カリュドーンの猪
アルテミスは・・・巨大な野猪をカリュドーンの野に送った。
カリュドーンは一匹の野猪のために、ほとんどその年の稔りをまったく失わねばならないように見えた。
猪狩りにギリシア中からつわものが集結
ギリシア中からつわものがカリュドーンに集まってきた。
オイネウスの嗣子メレアグロス、ラケダイモーンから来たテュンダレオースの二人の息子カストールとポリュデウケース、イオールコスから来たイアソーン、アイアコスの二人の息子、ペーレウスにテラモーン、のちにそれぞれアキレウスとアイアースとの父となる名だたる勇士ら、テゲアから来たアタランテーで、・・・
野猪の褒美をアタランテーに与えることをめぐって叔父たちを殺害
メレアグロスは剣を執って肩のあたりへ、柄までも深く埋め込んだ。
やがてその皮を剥ぐと、メレアグロスは野猪の首と共に、アタランテーに褒美として与えようとした。しかしこれには不服な者も大勢いた。
憤激したメレアグロスは、叔父にあたるプレークシッポスの胸ふかく突き通した・・・。
母より妹アルタイアー
自分の兄弟の屍が館に運び込まれるのを見た。アルタイアーは、・・・躊躇もなくその木片を火の中に抛り込んだ。
アイアキダイの先祖 アイアコス王家
トロイア戦役に出陣したギリシア方随一の勇将アキレウスと、武勇彼につぐといわれたアイアースは、共にアイアコスの孫であって、アイアキダイ(アイアコスの末裔)と呼ばれる。
「生え抜き」の河神アソーポスの子孫
河神一族の娘アイギナー
このアイアコスの祖先を訊ねると、一般の伝説では、河神の末裔ということになっている。すなわちボイオーティアを東へ流れるアソーポスの川と、アルカディアの山中に発するラードーンの川の娘であるメトーペーとの間に生れたアイギーナ、この川のニンフを大神ゼウスがひそかに愛して、産ませたのがこのアイアコスである。
シーシュポスに助けられたアソーポス
アイギーナは特に鍾愛をうけていたのであろう。
それゆえ彼女の行方が知れないくなると、父の河神(アソーポス川)は血眼になって所々方々たずね歩いた。そしてコリントスまで来ると、そこの王シーシュポスが(この余計なおせっかいのため、彼は地獄で巨石をころがす運命を背負い込んだのだ、ともいわれるが)、今し方ゼウス大神が、それらしい若い娘を無理やり連れて行った、と教えてくれた。
娘を誘拐されて困っているアソーポス川を助けることは善行為ではないか。それが神罰を喰らうほどの罪なのか?ゲスな神には義人が罪人。
このアイギナを誘拐したゼウスは、ダナオイ人であろう。
なぜなら、アイギナ島というダナオイ人の領域に行きつくからである。
アソーポス川の石炭縁起
猛り立ったアソーポスは、間もなくゼウスに追いすがろうとしたとき、彼は奥の手の雷霆を擲ってアソーポスをぎゃふんと言わせた。額の瘤をさすりながら、すごすごアソーポスはもとの河床に引き返したが、それ以来黒こげになった河底からは石炭が出るという。
サロニカ湾のアイギーナ島縁起
それからさらにゼウスは彼女をサロニカ湾に浮かぶ小島アイギーナに拉し来たり、・・・その結果がアイアコスだという。
この島はそれ以来彼女にちなんでアイギーナと呼ばれることになり、
ミュルミドーン族縁起
アイアコスは仕える者もなくて淋しくこの島に生い立ったが、それをいとしんでゼウスは島の蟻を人間の姿に化し、彼の家来にしてやった。
これがいわゆるミュルミドーン族の由来である。
ミュルミドーンの発祥の地が、テッサリアではなく、南部のアイギナ島であることに注意。
アイアコスの地国の門番縁起
アイアコスは成人してからアイギーナ島の領主となっていたが、神々へ敬虔さをもってしられた。
彼は地獄の門番たる地位を与えられ、・・・
アカイア王家との結合
アキレウスらの祖父は怪人スケイロン!
彼はメガラの怪人スケイローン(例の英雄テーセウスに殺された賊であるが、別人か、異伝かもしれない)の娘を娶って、ペーレウスとテラモーンの二子を儲けた。
二人アイギーナから追放
(近親殺害によって)二人(テラモーンとペーレウス)は、父の慈悲によって、アイギーナからの追放で一段落となった。
つまり、アイアキダイは、ダナオイ人とアカイア人の結合から生れた野盗集団ミュルミドーンの頭である。
テラモーン、サラミスの王に
それから兄弟は道をわかって、テラモーンは近くの小島サラミースへ赴き、近親に当るその王キュクレウスに頼った。そして彼が嗣子なしで死ぬ時、王位を譲り受けた。
ペーレウスはプティーアーへ
一方ペーレウスははるかなテッサリアへ赴き、プティーアーの王ミュルミドーンの一子アクトールのまた子、エウリュティオーン(あるいはエウリュトス)王のもとに逗留した。
王は彼の罪を祓い潔めたうえ、娘アンティゴネーに娶せ、領土の三分の一を頒け与えた。
これはアテーナイ人の捏造である。ポーキス地方の王アクトールの領域に、攻め入ってその領土を簒奪したのである。
アキレウスの正体
テティスとの間にアキレウス
その後ペーレウスはしばらくやもめでいたが、やがて海の女神テティスを貰うことになった。
アキレウスは、アイトリア王家のアクトール王の娘ではなく、悪漢ペーレウスが、テティス(ティーターンに投影したあばずれ女)との間に設けた子どもである。
父ゼウスは、ダナオイ人で、おそらくテティスはダナオイ人のアテーナー集団の娘であったのだろう。
アイアキダイの「アカイオス」による「接ぎ木」捏造!
この「アイアキダイ」は、母方から、第四章の「タンタロスの一族」すなわち「ペロプスの一族」に分類すべきである。
それを架空の「アカイオス」なる人物でヘラースの王朝であるアイオリス人の祖「アイオロス」に「接ぎ木」したのは、アテーナイのアイアキダイであることは明白である。
第四章 タンタロスの一族
タンタロスの一族=ペロプス系
タンタロスの一族
地獄の底で永遠の呵責を受けているという、ダンテの神曲にも名高いタンタロスは、トロイア遠征軍の総大将アガメムノーンの家祖となってはいるが、その素性はあまり明らかでない。
なぜ「アカイア人」王朝の祖が、涜神のタルタロスで劫罰を受けている「タンタロス」なのか?それは、アカイア人が、ヘラースへの侵略者であったからであろう。
ペロプスと同じ小アジア系
しかし一方では、息子ペロプスと共に、小アジア系統の名称とも考えられる、ともかく小アジアに縁が深いことは疑いなく、リューディアのシピュロス山はタンタロスの住居のあとと言われている。
タンタロスのタルタロスでの刑罰
この伝説的な君主について一番名高い話は前に述べた冥界の底タルタロスにおける刑罰で、その起りは彼がもとゼウスを初め神々の寵遇にあずかっていたのを、心傲ってついに増長し、地上で神々のような豪奢をつくしたい、と願ったためだという。
ペロプスとは?
父タンタロスによる解体と神々の合成
父タンタロス、ペロプスを解体して供物に、涜神でタルタロスへ
また一般に伝えるところでは、彼が驕りの心から不遜にも神々を試そうとし、わが子ペロプスを屠ってその四肢を煮、これを神々の食卓に上せて供えた。
ペロプスの継ぎ合わし
一方ペロプスは神々によって体の諸部分をまた継ぎ合わされ、生き返ることとなった。
ヒッタイトへの反逆で敗北した「アルザワ王国」の都市同盟は、「解体」され、また「合同で」「アカイア人」となって、ギリシア本土のテーバイ帝国に侵入した。
そしてギリシア本土の「トロイア戦争」が勃発する。
ポセイドーンの寵児
この蘇ったペロプスは以前よりなおさらに美しい少年になったもので、海神ポセイドーンが寵愛しておくところがなかったともいう。そしてポセイドーンは、彼の乞いに応じて翼をもった二頭立て車を与えた。
アカイア人が、戦車でギリシアに侵入したことの投影であろう。
エーリスから侵入
エーリスの古都ピーサ
その頃ペロポンネーソスの西岸ピーサの領主にオイノマオスがいた、競技で名高いオリュンピアのゼウス宮のある土地であった。
古都エーリスから侵入したと思われる。
当時エーリスの首都はピーサであり、王はオイノマオスであった。
エーリスはオリュンピアを統治下におき、ゼウス宮を築いていた。
テーバイ帝室の藩王国の一つであったのだろう。
ピーサ王を撃破
ピーサからコリントスへの戦車競走
その条件とは、花婿候補者は王女を自分の車に乗せてピーサからコリントスの、ポセイドーンの社殿を目当てに馬を馳せる、オイノマオス王ははじめピーサのゼウスの祭壇に犠牲をささげ、このハンディキャップで、武装したうえ車で彼らの後を追い、もし途中で追いつけば殺してしまう、首尾良く逃げおおせれば王女を貰う、という定めだった。
ピーサからコリントスの領域で、ペロプスに投影されるアカイア人連合軍と、テーバイ帝室の防衛部隊ピーサ王オイノマオスの率いる部隊が、戦車による騎馬戦争を行なった投影であろう。
ペロプスは計略でピーサ王殺害
ペロプスも・・・オイノマオスの馭者を勤めていたミュルティロスに賄賂をやって、王の車の心棒から輪留めのくさびを抜かせておいた。
例によって、オイノマオスは、・・・傾いた車に引きずられて、最期を遂げた。
アカイア軍が、エーリス地方からギリシアに侵入し、ピーサを陥落させ、コリントスへ進軍したことの投影か。
ピーサに本陣
エーリスを制覇(ピーサに本陣)
それからペロプスは(オーケアノスの涯でヘーパイストス神によって)殺人の罪から潔めを受け、ピーサに戻り、オイノマオスの領国を継いだ。
ペロポンネーソスの命名
アーピアからペロポンネーソスへ
これ以前アーピアと呼ばれていたペロポンネーソス半島は、これ以来彼の名にちなんでこうよばれることになった。
カドモス一統は、アーピアと呼んでいたようだ。
ミュルティロスの正体は?
ムルシリスやミュルシロスからヒッタイト由来
しかし学者(ニルソンなど)中には、このペロプスと小アジア地方との深い縁故に注目し、彼があるいはヒッタイト人の王国から出たものではないかと考える人もある。
ことに彼らの王の何は、ムルシリスというのがあって、伝説に時たま見られるムルティロスもしくはミュルシロスと同名であることを強く想わせる。
むしろペロプスが馭者ミュルティロスを利用して殺した顛末は、アルザワ残党のアカイア人がヒッタイトと対立してペロポンネーソスへ逃れ王朝を建てた投影では?
つまり、ヒッタイトのムルシリ王に負けて逃げて来たのを、逆にムルシリをミュルティロスに投影して、計略で殺して逃亡したと捏造したのではないかという可能性もある。
タンタロスの正体?
タンタロスもリューディアの分限者
タンタロスも小アジアの産金地方(リューディアは砂金の産で名高い)の君主、おそらく富裕をもって聞こえた者ではないだろうか。
ペロポンネーソス全土の制覇が描かれていない理由?
エーリスに本陣を置いたペロプスが、ペロポンネーソス全土を、ヘーラクレースのように掃蕩し統一した形跡はない。
突然、その子のアトレウスの代になって、すでにペロポンネーソスを支配しており、首都をミュケーナイに置いている。
おそらく嫡男アトレウスは、アルゴスに侵入して、首都を当時のテーバイ帝室の首都であったアルゴスの近くのミュケナイに本陣を置いたのであろう。
ここに来て、テーバイ帝室のアルゴス市とアカイア人の要塞ミュケナイが、河を挟んで対峙することとなったのであろう。
アトレウス王家の呪い
ペロプスの子アトレウス
さて、ペロプスの子の時世になって、ミュルティロスの呪いが現われてきたように見えた。彼はヒッポダメイアとの間に、アトレウス、テュエステース、そのほか数人の娘たちがあった。
ヒッポダメイアは、プロト・フェニキア人であっただろうから、アトレウス王家に半分ギリシア本土の文明人の血が混じったことになる。
ホメロスで、アガメムノンが尊敬されているのは、その尊貴な血によるであろう。
アルテミスの金羊
アトレウスはある時アルテミス女神に誓いを立てて、自分の所有する羊群のうちで、最も美しい羊を御神に捧げようと言った。
そのおり女神は彼の志を愛でてか、試みようとしてか、黄金の小羊を生れさせた。
ペロプスの息子アトレウスが小アジアの女神アルテミスを主女神としていることに注意。
ところが、これを見ると彼はにわかに贄にするのが惜しくなって、御神には奉らず、そっと殺してその皮を箱に納め隠しておいた。
ミュケーナイ王座をペロプスの子にという神託
アーエロペーは義弟テュエステースと情を通ずるようになって、夫を裏切りこの羊をテュエステースに与えてしまった。というのは、ちょうどこのとき、ミュケーナイの国人が王位についての紛争から、ペロプスの子を王として迎えろ、との神託を獲たため、二人を国に招いて、その間に黄金の小羊を持つ者が王位につく、ということに合意したからであった。
アトレウス王家誕生!
ところがゼウスの計らいで太陽は東の海に沈み、テュエステースの企てが邪であったことを証拠だてた。それで国人も彼を国外に追って、アトレウスをミュケーナイの王とした。
復仇の子アイギストス
テュエステースは三人の子を殺され、・・・自分の娘によって一子アイギストスを儲け、この子によってアトレウスの一族に復仇を遂げようとした。彼は後に,アトレウスの子アガメムノーンを、その妻クリュタイメーストラーと通謀して殺し、父の一念を貫いたのであった。
敵の子を煮て食わすのは、ヘロドトスの伝えたリュディア王家の伝説の剽窃であろう。
最盛期アガメムノーン王朝
三代目でペロポンネーソスを統一?
アガメムノーンは父の死後、その領土を継いでアルゴス,ミュケーナイの君となり、また全ギリシア人に勢威を振るった。
アカイア人がギリシア本土に君臨したのは、ペロプスーアトレウスーアガメムノーンの宗家三代のせいぜい100年弱であろう。
そして、ペロプス、アトレウスの時代は、ギリシア本土の「トロイア戦争」の時期であり、戦国時代であった。
アガメムノーンは、ミュケナイに本陣を置いて、アルゴスのテーバイ帝室軍を破り、
当時の帝王ヘクトール(何代目かのヘーラクレース)を殺し、アルゴスを占領した。
当時のテーバイ帝室は、三都を制覇していたので、ヘクトールはヒュアキントス王の投影だったのかもしれない。
ヒュアキントス王の墓のあるアミュクライオスは、ヘクトールを寵児としたアポローンに発展していた。(起源は原ギリシア人のヘーリオス)テーバイ帝室のヒュアキントス・アミュクライオスとなり、アポローン・アミュクライオスとなった。
テーバイ帝室は、ラケダイモーンにはメネラオスとパライのパリスの勢力が残存していたし、アテーナイは、テーセウスを追放し、テーバイ帝室軍のエレクテウスの子孫が、ヒュアキントス王の王女たちを匿っていた。
やがて、アカイア軍は、アテーナイを奪還し、テーセウスの子どもたちに返還する。
その時ヒュアキントスの王女たちは犠牲として屠られた。
クリュタイメーストラーの出自は?
その妃クリュタイメーストラーは、アイオロスの子ペリエーレースの子孫に当るスパルテーの君テュンダレオースの娘となっている。
ラケダイモン王家の出身のクリュタイムネーストラーとヘレネー、メネラーオスは、テーバイ帝室側であったのだろう。
オレステースの復仇
アガメムノーンの死後、その領国はアイギストスの有に帰し、・・・
オレステースはやがて成長すると父のために復仇を志し、ほど近いデルポイのアポローン神殿に赴いて神託を受け、・・・アイギストスを殺す。
オレステス、ミュケーナイ王に
その後オレステースはミュケーナイに還って王位に即き、叔父メネラーオスの娘ヘルミオネーを娶って一子ティーサメノスを儲けた。
彼はまたメネラーオスの死後スパルテーをも領したといわれ、・・・
ペロプス系アトレウス王家は、四代でギリシア本土に君臨し、正味全ペロポンネーソス王として君臨したのは、このオレステースのみである。
スパルテーを占領して、敵将メネラーオスの娘ヘルミオネーを娶った。
ペロプス末裔の最期
ティーサメノスの統治下にヘラクレイダイの帰還
彼(ティーサメノス)の統治下に例のヘーラクレースの子孫の帰還ないしは侵攻が企てられた。彼はこの戦いで戦死を遂げて葬られたとも、別伝はで生きてアカイア地方の一王家の祖となったともいう。
ヘルミオネーはテーバイ帝室の皇女であるから、ティーサメノスになると、かなりの貴種になっていたと思われる。
彼が率いたアカイア人の残党が、アカイア地方に移住し、ポリュビオスらアカイア連邦をつくったアカイア人の祖となったのかそれはわからない。
オレステースの末裔の一分枝
エーリゴネーからもオレステースに一子ペンティロスが生れ、彼からしてレズボス島のミュティレーネー市の貴族の家柄ペンティリダイは血統をひいている。もっとも実際に移住したのは、一般に二代後とされていた(パウサニアース)。

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