- 第六章 英雄伝説
- 第一節 ペルセウスの物語
- 一、アルゴス王家の祖イーナコス王の娘イーオー
- ニ、アルゴスの主神ヘーラー
- 三、ダナオイ人とは?(ヒクソスがギリシア本土に上陸)
- 四、ダナオイ王朝の系譜
- 五、アクシリオス系VSプロイトス系
- 六、捏造宗家(アクシリオスの娘ダナエー)
- 七、アンドロメダー捏造
- 八、アクシリオスを予言どおり殺す
- 九、首都交換でアルゴス王家の祖という地位の捏造
- 第二節 ヘーラクレースの物語
- 一、ヘーラクレースの出自(牝牛イーオーの末裔)
- ニ、ペルセウスの子孫の「接ぎ木」捏造
- 三、ペルセウスの捏造家系
- 四、テーバイのヘーラクレースがテーバイに「帰る」
- 五、タポス人を掃蕩
- 六、ヘーラクレースの母アルクメネーの捏造
- ヘーラクレースの正体
第六章 英雄伝説
第一節 ペルセウスの物語
一、アルゴス王家の祖イーナコス王の娘イーオー
アルゴス地方を環流するイナコス川
ギリシアの一州アルゴスを貫流する川イーナコスは、この地方の伝説時代、それもその初め方に、この国を治めた王と同じ名である。あるいは川の名から王の名を作り出したのかも知れない。p103
イーナコス川の子孫アルゴス
その息子にポローネウスと、アイギアレウスが生れた。
全身に眼があるというアルゴスは、ポローネウスの五代の孫だという。p103
アルゴスの子孫牝牛のイーオー
このアルゴスと河神アーソーポスの娘イスメーネーの間に、イーアソスが生まれ、またそのイーアソスから、牝牛になったイーオーが生れたという。p103
イーナコス王家/イーナコス川の娘牝牛のイーオー
しかしこの系図は、すこぶる怪しいもので、アイスキュロス(『縛られているプロメーテウス』)などの詩人や年代記の作家カストールが伝えるように、イーオーを直接にイーナコスの娘とするほうがいいだろう。
ともかくローマの詩人ホラーティウスも歌うように、ギリシアの最も古い伝説の王家として、このイーナコスの血統は、知られていた。p103
イーナコス河(=イーナコス王)、娘の牝牛のイーオー=ボイオーティア(牝牛の国)でカドモスを導いた牝牛(ヘーラー女神)と解するべきだろう。
つまり、イーオーは、ボイオーティアのテーバイ帝室の主神ヘーラーから作られた神格であろう。
ニ、アルゴスの主神ヘーラー
アルゴスは古来女神ヘーラー崇拝の中心地だった。
『イーリアス』の中でも、ヘーラーは自分が最も愛惜する邦の一つとして、アルゴスを挙げている。p104
ヘーラー=イーオー
イーオーは、このヘーラーの社に仕える巫女だったという(あるいは、ヘーラー女神その人の分身かも知れないのだ、言いかえれば、別の呼び名である。ホメーロスの中でもヘーラーを「牝牛の貌せる」という形容で呼ぶことが多い。)p104
アルゴス→エジプト→ビュブロス(実は逆行路)
牝牛は、・・・ついにエジプトに着いた。
イーオーは間もなくゼウスによって、一人の男児の母となった。それはゼウスがかろく手を触れただけで生れた、というので、エパポス(エパプトマイ「触れ」たから、と、こじつけたもの)と呼ばれた。
ナイル川のほとりで産まれたこの子供を、ヘーラーが隠した、という説もある。
イーオーはそれを探して歩き、シュリアレクサンドロスのビュブロスの王妃のもとで見つけたとか。p105
リビュアー
その後エパポスはエジプト王となり、ナイル河神の娘メンピスと結婚して、娘リビュアーを儲けた。p105
双子のアゲーノールとベーロス
このリビュアーは海の主神ポセイドーンと契って、双子のアゲーノールとベーロスを生んだ。p105
アゲーノール
アゲーノールはポイニキアの王となり、その一族はクレーテーやテーバイの伝説に主役を演じている。p105
三、ダナオイ人とは?(ヒクソスがギリシア本土に上陸)
バアル〔ヒクソス〕からアイギュプトス(エジプト人)とダナオス(ダナオイ人)が誕生
一方ベーロス(セム族の神バアルを思い出させる)はエジプトの王となり、アイギュプトスとダナオスの双子を儲けた。p105
バアル=ヒクソスがエジプトの王となり、エジプト人(ヒクソス王朝)とダナオイ人(ギリシアのダナオイ王朝)に分離した(だから双子)。
アイギュプトスの息子とダナオスの娘の伝説
このアイギュプトスとダナオスについては名高い伝説がある。アイギュプトスには五十人の息子があり、ダナオスには五十人の娘があった。p107
ヒクソスが原住民の征服
領地についての争いの結果、ダナオスはエジプトを立ち退く決意をし、船を作って五十人の娘を載せ、ロドス島からアルゴスに来、その時の王ゲラーノールを追って(あるいは譲位を受けて)主権を握り、その土地の住民を自分の名によりダナオイと呼ぶことにした。p107
アルゴスの乾燥気候とヘーラーとポセイドーンの宗主権争いダナオスの娘たちの水汲み
アルゴス地方は乾燥した地域として昔から知られている。
これは例の神々の領地争いで、ヘーラーとポセイドーンの二神がアルゴスの宗主権を争ったとき、王イーナコスがヘーラーの味方をしたため、ポセイドーンが怒って自分の管轄に属する泉や川の水を涸らしたためという。
そこでダナオスの娘たちはいつも泉へ水を汲みにやらされていた。p108
アイギュプトスの息子たちの求婚
一方アイギュプトスの息子たちは、なおも執拗に従妹たちへの思慕を忘れず、アルゴスに出かけてきて、水を汲んでいる乙女たちを襲ったとか、あるいはおとなしく父のダナオスに向かって和睦を勧め、娘たちに求婚したとか言われている。p108
亡命ヒクソスが、ペラスギ人のギリシアを征服した
アイスキュロスの悲劇『救いを求める人々』はこの説話に取材しているが、そこではダナイデスすなわちダナオスの娘たちが舞唱団を形作り、避難先のアルゴスの王ペラスゴスに救いを求める。p108
四、ダナオイ王朝の系譜
二代目アバース(ダナオスの娘ヒュペルムネーストラの子)
エウボイアのアバンテス人の祖(ダナオスの孫アバース)
リュンケウスだけは、助けられた。
後にヒュペルムネーストラーは赦されてリュンケウスと夫婦になり、父の後を継いでアルゴスの王位についた。
その子がアバース(エウボイア島のアバンテス族の名祖)である。p108-109
ダナオスの後継者が娘と娘婿の間の孫であることは、
テーバイ帝室のカドモスの娘アガウエーの子である女系の孫が二代目ペンテウスであることから捏造されたと想定できる。
アクリシオスが三代目
アバースはまたアクリシオスとプロイトスの二子を儲けた。双生児という。型のごとくに王位や領国についての争いが起り、ついにアクリシオスが勝ってプロイトスを追い、アルゴスの王位に即いた。p109
双子の争いというのも型通りの捏造。
実は、アルゴス王朝の真の姿は、追放されたというプロイトスに投影されたテーバイ帝室である。
五、アクシリオス系VSプロイトス系
プロトイスは小アジアに亡命の後、ティーリュンスの城主に復帰
そこでプロトイスは国をのがれて小アジアに赴き、リュキアの王イオバテースの客となった。のちイオバテースは娘のアンテイアを彼に娶せた。そしてこの義父の力によって、あるいは兄弟和睦して、彼は故郷に帰ることができ、ティーリュンスの城主として納まった。p109
ティーリュンス城市はキュクロープス様式
これは後にヘーラクレースの一族が領した古城(ミュケーナイ時代前からあった)で、伝説には一つ眼の巨人キュクロープスらが造築したという厚い塁壁をめぐらしている。
実際のアルゴリスの王はプロイトスで、古城ティーリュンスの王でもある。
六、捏造宗家(アクシリオスの娘ダナエー)
七、アンドロメダー捏造
セーリポスへ帰る途中、エチオピア経由は不条理?
そこからセーリポスへ帰る途中で、彼はエチオピアの上を通りかかった。
セーリポス島はエーゲ海の中心パロス島とアッティケーを結ぶ飛び石島の真ん中、ゴルゴーンの住家がリビュアとすると、エチオピアではなくリビュアの間違いか?
カッシオペイアの容色自慢でネーレイデスの祟りを受け洪水発生
彼女は土地の王ケーペウスの娘で、アンドロメダーといったが、先つ頃、王妃のカッシオペイアが容色自慢から、海に棲むネーレイデスのうち誰一人として自分に及ぶ者はあるまい、などと高言したので、その祟りをうけ、いま海の怪物獣の餌食になるところだった。
アンモン神の託宣で王女アンドロメダーを人身御供に
それでアンモン神の託宣でこの禍いをとり除くには、王女アンドロメダーを人身御供にあげるほかに途はない、というわけでの仕儀であった。
アンモン神の託宣所は、アレクサンドロスも訪れたリビュア砂漠のシーワ・オアシスにあるアンモン神殿だろうから、リビュアの王女の可能性大。捏造だからこうなる。
八、アクシリオスを予言どおり殺す
アルゴスへ帰還
さてアルゴスへ、妻アンドロメダーと母のダナエーを伴って来たペルセウスは、無事に祖父アクリシオス王に会うことができただろうか。
ラーリッサに避難する父王
ひそかに王はアルゴスを脱出し、遠い北のテッサリアの、ラーリッサ市に赴いた、この地方での最も殷賑な町である。
たまたまラーリッサの領主テウタミデースは、父王の葬儀に記念の運動競技会を催した。
運命によって父殺しに
彼の投げた円盤の手もとが狂い、見物人の間に飛び込んでしまった。そして一人の白髪の老人の頭に当り、深傷を負わせた。この老人は間もなく息を引き取ったが、それこそまさにかのアクリシオス王であった。
九、首都交換でアルゴス王家の祖という地位の捏造
アルゴス王からティーリュンス王へ
ペルセウスは深い悲しみのうちに祖父を葬り、南に帰りはしたが、自分の手にかけた祖父の所領を継ぐことを憚り(なぜというと、ギリシアでは血族間の流血は、もっとも重い罪として償いと追放を要求されていたので)、従弟に当るプロイトスの子メガペンテースに領地の交換を申し入れて、それからはティーリュンスに拠ることとなった。
アルゴス地方の首都はアルゴスであり、ヘーラーはアルゴスの大女神であった。
アカイア人が、テーバイ帝室のヘーラー信仰を受け継いだ時、どうしても、捏造英雄ペルセウスをアルゴス王家の祖にする必要があった。テーバイ帝室の英雄ヘーラクレースはアルゴス王家の英雄であるからだ。
そして不自然な神話をつくり、アルゴスとティーリュンスの交換がなされた。
アカイア人の本拠ミュケーナイとティーリュンスが、アルゴスほどの古都の権威がなかったからである。
ペルセウスの曾孫ヘーラクレース
この人々の世系、およびペルセウスの曾孫に当る(とされている)ギリシア第一の豪傑ヘーラクレースの一生については、後続の物語を読んで知られたい。
こうしてアカイア人・ダナオイ人の子孫であるアテーナイ民主政治を独占したアイアキダイとアクルマイオニダイは、ペルシア帝国から創った捏造英雄ペルセウスに、
テーバイ帝室の大英雄(実は主神)ヘーラクレースを「接ぎ木」したのである。
第二節 ヘーラクレースの物語
一、ヘーラクレースの出自(牝牛イーオーの末裔)
牝牛のイーオー=ヘーラーの末裔
ギリシアの代表的英雄として知られるヘーラクレース(ローマでは、訛ってヘルクレースと呼ぶ)は伝説によるとペルセウスの曾孫に当る、それゆえ、牝牛になったイーオーの末裔ということにもなる。121
ペルセウスは「接ぎ木」でイーオー(ヘーラー)とヘーラクレースとの間に「割り込んだ」捏造英雄であり、ペルセウスとは関係ない。というより敵である。
ヘーラクレースの名前が、ヘーラーという大女神の若い愛人の男神にして神官王であったことは明白である。
ニ、ペルセウスの子孫の「接ぎ木」捏造
ペルセウスの息子・娘
ペルセウスにはアルカイオス、ステネロス、エーレクトリュオーンなどの息子と、ペリエーレースに嫁いだ娘ゴルゴポネーがあった。p121
プロイトスが実在の王で、アクシリオスは捏造であった。
捏造英雄ペルセウスの子の内、テーバイ帝室の実在の子は、ステネロスであり、その子エウリュステウス王も実在の王である。彼は、娘をサモス島にヘーラクレースとともに派遣して、ヘーラー信仰を逆輸入させた。
ゴルゴポネーも実在のアルゴス王女の投影であり、ラケダイモーンの王家によくあるゴルゴという名であっただろう。
真のアルゴス王家はステネロスの家系
ステネロスとは何者か?
ステネロスは、ヘーラクレースの敵役とされたエウリュステウス王の父親であり、真のアルゴスの王である。
プロイトスの子であるので、プロイトスは、テーバイ帝室の二王の内の乙種の家系クレオーン王を投影している。
ステネロスは、ラーイオス王を投影している。(ペロプスの元に亡命するのは符合する)。
この名前は、ギリシア本土の「トロイア戦争」が終って、テーバイ帝室の「レコンキスタ」が完成し、アカイア人をアカイアの土地に追放したのち、テーバイ帝室の「内庭のゼウス像」を、アルゴスのアクロポリスに奪還して安置したカパネウスの子ステネロスから捏造された名前である。
真のアルゴス王家の血脈は、プロイトスの子メガンペースからアルゲイオスーアナクサゴラースーアレクトールーカパネウスと続く家系である。
(パウサニアスの第二巻18・5)
ステネロスの子メガンペースは、ペルセウスに乞われてアルゴスとティーリュンスを交換したという捏造に使われた。
メガンペースという名前はスパルタの古王メネラオスの正当な嫡子から取ったと思われる。
おそらくスパルタの古王メネラオスの血脈は、テーバイ帝室系であり、
それゆえメネラオスは、アガメムノーンがアテーナーを憚ってすぐ帰路に就くことに反対した時、オデュセウスとともに、アテーナー完無視で、即帰国した。
メネラオスの子であるメガンペースは、オレステスに敗北し、逃走したのであろう。
このうちステネロスとゴルゴポネーはテーバイ帝室系の人物であり、ペルセウスに「接ぎ木」捏造された。
ゴルゴポネーやゴルゴという名前は、ラケダイモン王家に深いかかわりがある。
三、ペルセウスの捏造家系
ペルセウスの孫同士の結婚
アルカイオスの息子アンピトリュオーンと、エーレクトリュオーンの娘アルクメーネーとが結婚した。p121
アムピトリュオーンは、テーバイのアポローン・イスメニアスの神域にヘーロドトスの目撃した鼎を奉納した実在のテーバイ王から取っている。ヘーラクレースが、テーバイ王子である強力な傍証である。
一方、アルクメーネーは、アルクマイオーン家の捏造で、アテーナーを投影している。
アルクメーネー=アテーナーとヘーラーの寵児で、植物の精であり、息子にして愛人のヘーラクレースとは不倶戴天の敵である。母子にすんな!
ヘーラクレースの真の母は、文字通りテーバイ帝室の主神ヘーラー女神である。
タポス人との戦い
エーレクトリュオーンは、ペルセウスの後を継いで、ミュケーナイを治めていたが、その頃、タポス島の人々が来て(彼らは外戚に当っていた)領地の分け前を要求し、結局争いとなってエーレクトリュオーンの息子たちは、庶子のリキュムニオスのほかは、みな討死した。p122
アンピトリュオーン誤って義父を殺す
それで彼は甥のアンピトリュオーンを婿にすることとし、かわりに復讐を要求した。
ところがあいにく、タポス人に連れ去られた牡牛を取り返して来て渡そうとするとき、跳び出した牡牛を抑えようとして投げた棒が、エーレクトリュオーンの頭に当って、彼を倒してしまった。p122
お決まりの「過失致死捏造」である(笑)。
タポス島は、「ギリシア本土のトロイア戦争」でアカイア人が逃げたイオニア諸島の島である。
つまり、テーバイ帝室のアルゴスに攻め入ったのは、アカイア人で、最終的にタポス人を掃蕩するのは、アカイア人をギリシア本土から周縁部に掃蕩した「ギリシア本土のトロイア戦争」を投影している。
ステネロスがミュケーナイとティーリュンスの城主に
叔父に当るティーリュンスの城主ステネロスは、これを言い掛かりにして(近親殺人は、古代社会で、きわめて重い犯罪だったから)、アンピトリュオーンを国から追い出し、ミュケーナイとティーリュンスの統治権を簒奪してしまった。p122
はじめから、ミュケーナイ、ティーリュンスを含むアルゴス全体の支配者は、テーバイ帝室であり、それを投影したステネロスの家系であった。
そして、初めからアムピトリュオーンーヘーラクレース父子は、アルゴスの母市テーバイの王族である。
アルゴスからテーバイへ行ったのではなく、テーバイからアルゴスへ遷都したのである。
テーバイ帝室のテーバイからアルゴスの遷都は、日本の皇室が、奈良から京都に遷都したようなものである。
四、テーバイのヘーラクレースがテーバイに「帰る」
テーバイとヘーラクレースの関係
それで彼は、やむなく亡命してテーバイに赴いた(テーバイは彼の母の郷里に当っていた、もしメノイケウスの娘ヒッポノメーが真実の母ならば)。p122
ヘーラクレースの父アンピトリュオーンの母はペロプスの娘説とカドモスの娘とスパルトイの子孫など数説があるが、テーバイ帝室のメノイケウスの娘が真実であろう。ぺロプスもカドモスも不倶戴天の敵である。アムピトリュオーンは実在のテーバイ王がモデルであるから、テーバイ帝室の二代目帝王ペンテウスの孫で、乙種の大王クレオーンの父たるメノイケウスの娘ヒッポノメーが、真の母である。
ヘーラクレースとは、もともとテーバイ帝室の帝王の相続名であったと思われる。
ヘーラクレースを本来のテーバイに「接ぎ木」する必要はどうしてもあった。
アトレウス王家をアルゴス王室に「接ぎ木」
ステネロスをペロプスの婿に
一方ステネロスはペロプスの婿となっていたので、義弟にあたるアトレウスとテュエステースを呼び寄せ、ミデイア(またはミュケーナイ)の支配を委ねた、ともいう。p122
テーバイ王家のラーイオス王を投影されているステネロスは、やはり「ペロプスの婿」として、ペロプスの子孫であるアカイア人を「接ぎ木」するのに使われる。
アルゴスの正当な王たるステネロスが、平和的にペロプスの子孫であるアカイア人の宗家アトレウス家を、ミュケーナイとティーリュンスの領主に招聘したと「捏造」した。
実際は、イーナコス河を挟んで、アカイア人のミュケナイ砦とテーバイ帝室のアルゴスのアクロポリスが対峙していた。
五、タポス人を掃蕩
テーバイ帝室軍
そこでアムピトリュオーンは、テーバイ王クレオーンに援助を求めた。p123-124
アムピトリュオーンはヘーラクレースの父、つまりテーバイ帝室の甲種王家であり、クレオーンはテーバイ帝室の乙種王家である。アムピトリュオーンはラーイオスに当り、ヘーラクレースはオイディプースに当る。
タポス島遠征
それからクレオーンなどの助力を得て、タポス島を攻め、その王プテレラーオスの娘コマイトーの内応によって、全島をついに征服して凱旋した。p124
これは、「ギリシア本土のトロイア戦争」で、最初は、アルゴスの心臓部にアカイア人に攻め込まれていて、いったんテーバイに後退したものの、一時は、テーバイの本拠もクサントスの先祖のアカイア軍に占領されたが、ラケダイモーンのスパルタ市にキャンプを布いて、そこを本拠に、共闘するアイオロス王家とともに、アカイア人テーセウスとダナオイ人の牙城アテーナイを逆に占領し、そこからテーバイを奪還した。そののち、しばらく寡頭政に移行するまでの「前一二〇〇年のカタストロフ」以降のテーバイ王が実は、アムピトリュオーンであろう。
さらに、ラケダイモーンが、帰還したヘーラクレイダイと共闘して、ラケダイモーン王家の古都アミュクライを奪還するには時間がかかった。しかし、最終的に、テーバイ帝室とアイオロス王家は、侵略者アカイア人を、周辺部に追い出した。アカイア人が逃れた先は、西のイオニア諸島とアカルナニア、ペロポンネーソス半島北部のアカイア地方である。それ以外、イリュリア、エペイロス、アイトーリアー、テッサリア、ボイオーティア、アッティカ、アカイア地方とメッセニア地方以外のペロポンネーソス半島全域は、テーバイ帝室がアイオロス王家と共闘して奪還した。
このタポス島征服は、テーバイ帝室が、アカイア人をイオニア諸島に閉じ込めた戦闘を投影していると見る。
六、ヘーラクレースの母アルクメネーの捏造
アルクメーネーとは?
その後アルクメーネーは双子を生んだ。すなわちゼウスの胤のヘーラクレースと、人間の血を引くイーピクレースとである。p125
アルクメーネーという名前は、アラルコメナと関係があり、アテーナーと関係の深い名前で、敵の名である。
アテーナイ人(ダナオイ系・アカイア系)が捏造し、こともあろうに、ヘーラクレースの母として「接ぎ木」したのであろう。
アルクメーネーは、例によって、品のない残虐女である。
ヘーラクレースの母は、アテーナーではなく、ヘーラーである。
ヘーラクレースの正体
ヘーラーの形代ヘーベーと結婚、ヘーラーの養子に
こうしてヘーラクレースは長い試練の一生を終り、天界に住んで、青春の女神ヘーベーを妻とし、その母であるヘーラーともはじめて和解して神に祭られるようになった。p164
ヘーラクレースは、ヘーラーが課した12功業で神となった。ピュタゴラス的イニシエーションを意味する。イニシエーションを課すヘーラーは、母にして、最後にヘーベーと結婚するように、妻である。
つまり、ヘーラクレースは、大女神ヘーラーの植物の精である。
ヘーラー崇拝の英雄、実在人物の投影
むしろ彼はヘーラー崇拝の盛んな地方に生れた民間説話的な巨人、しかもおそらくあるいは歴史的な実在人物の影を宿す英雄の後身ではあるまいか。彼の伝説、ことに一二功業の半ばは、ペロポンネーソス半島に集中している(ほかの相当部分はテーバイに)。p164-165
ヘーラー崇拝の盛んなアルゴスやテーバイの、実在人物の投影と見る。
テーバイ帝室の主神ヘーラーに仕える代々のカドメイアの王、神官王ヘーラクレースの投影である。
テーバイ帝室の帝王は、ヘーラーの神官王で、代々ヘーラクレースと呼ばれ、
ラケダイモーンの王は、ヒュアキントス・アミュクライオスの神官王で、代々ヒュアキントスと呼ばれ、
キュプロスの王は、アシュタルテーの神官王で代々キニュラースと呼ばれた。

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