本112 呉茂一「ギリシア神話 下」第七章/叙事詩の世界 

ギリシア

第七章 叙事詩の世界

「トロイア詩圏」の詩  

先に述べた「トロイア詩圏」をかたちづくる諸編は、大体次のようなもので、つまりはアカイオイ(アカイア軍、つまりギリシア軍)がトロイア遠征を企てた原因に始まり、その経過からイーリオスが落城して諸将が故郷に帰り着くまでを分担、あい補ってその始終を叙述する叙事詩群である。p203-204

『キュプリア』

一、『キュプリア』戦いの原因から説き起して、出陣の用意、開戦より、両将の争いまで。

『キュプリア』 Κύπριαとは?

①創作年代
ヘロドトス『歴史』に言及されているので、前440年頃までには創作されていた。

②作者
ホメロス
キュプロス島のサラミス市のヘゲシアス
ハリカルナッソスのキュプリアス
などの候補がいるが定かでない。

③史料プロクロス『叙事詩の環』(Επικός Κύκλος)
断片しか残存しないが、
プロクロス(年代・出自不明)の書いた『Chrestomathy』に詳細なあらすじが残っている。

④内容

①トロイア戦争のきっかけをゼウスの「人口削減」とする。
アトラハシース物語やバラモン教のマハーバーラタと同じような観点。
②ペーレウスとテティスの結婚式にオリュンポスの神々が招待されるという捏造。
これから時代はかなり新しいと思われる。
なぜなら野蛮人のアカイア人に「結婚」の習慣はなかったであろうから。一夫一婦制の結婚式を含む結婚は、フェニキア人のカドモス一統の専売特許。
③パリスの審判
④パリスはヘレネーをシドン経由でトロイアに連れ帰る。
⑤メネラオスがアガメムノーンに戦争を求める。
⑥オデュッセウスの仮病の暴露
⑦カルカースの戦争10年続くの預言
⑧ミューシア攻め(トロイアと取り違える!)
テーレポスがアキレウスによって負傷。
⑨アキレウスがスキュロス島に入港して、リュコメーデースの娘デーアダメイアと結婚。
⑩アキレウスがテーレポスを癒す。
⑪二回目の招集。
⑫イーピゲネイアの生贄
⑬テネドス島まで航行、ピロクテーテースが蛇にかまれ、レームノス島に置き去り。
⑭トロイア上陸、緒戦敗退。
⑮ヘレネー返還交渉と拒否
⑯戦利品からアキレウスはブリーセーイスを、アガメムノーンはクリューセーイスを得る。
⑰パラメーデースの死。

『イーリアス』

ニ、『イーリアス』アガメムノーンとアキレウスの抗争からヘクトールの死、葬送まで。

『イーリアス』とは?

①制作年代

前8世紀半ば:ホーメロスが『イーリアス』の物語を創り、吟遊詩人として活動。
前六世紀後半アテーナイにおいて文字化
ペイシストラトスは、第一次僭主政の後、アルクマイオーン家のメガクレスに追放された。
前561年、テーバイの支得て得て、アテーナイを征服。以後僭主政を三代続ける。
前510年、共同統治の息子小ペイシストラトスとともに、一族がアテーナイ追放。

つまり、『イーリアス』は、ペイシストラトス一族が編纂を始めた。
ペイシストラトス一族は、ピュロスのアイオリス系の後裔である。
前五世紀。そのあとを襲ったアルクマイオーニダイとアイアキダイによって構成される「アテーナイ捏造班」の盛大な捏造を受ける。

紀元前2世紀アレキサンドリアにおいて、現在の形にまとめられた。
つまり、前510年から、前2世紀まで文化の中心のアテーナイで、捏造のかぎりがつくされ、
アテーナーが不快に、あっちこっちにしゃしゃり出る、不道徳なオリュンポスの神々が、戦争を焚きつける下劣なプロットが完成した。
主としてアキレウスを捏造したのは、アルクマイオーニダイとアイアキダイの民主政アテーナイを牛耳ったものたちであった。

ペイシストラトス一族なら、創ったオリュンポス12神の主役に立てようとしていたアポローンをトロイア側の味方にするのは不自然である。
実際のギリシア本土のトロイア戦争では、ペイシストラトス一族の先祖であるアイオロス王家は、テーバイ帝室(トロイア王家:へークトル、カッサンドラー、パリス)とともにテーバイ帝室側(トロイア側)で戦った。
もちろん帝室の主神ヘーラーは、テーバイ帝室(トロイア)の味方のはずである。

『アイティオピス』

三、『アイティオピス』エチオピア王メムノーンの出陣と討死に、アマゾーンの女王ペンテシレイアの物語など。

『アイティオピス』とは?

①創作年代は不詳

②残存はわずか5行

プロクロスの『Chrestomathy』の書いた「叙事詩の環」Επικός Κύκλοςの散文のあらすじによって知られる。

④内容
①アマゾンのペンテレイシアがアキレウスに討たれ、アキレウスが、瀕死の彼女に恋する。
②ヘーパイストスの鎧をつけたエティオピア王子メムノーンが、トロイア側に参戦。
③メムノーンは、アキレウスの稚児アンティロコス(ネストールの子)を殺す。
④メムノーンは、アキレウスに討たれる。
⑤アキレウスは、パリスの矢で殺される。

メムノーンの名前は、アガメムノーンと同じ語源から捏造されている。その起源は、第一二王朝のファラオである。プタハ(ヘーパイストス)信者でもある。
エジプト出身のアルクマイオーン家の贔屓と思しきアキレウスは、アマゾンに恋をする。
アキレウスの最期。パリスによる死。

『小イーリアス』と『イーリオスの攻略』

四、『小イーリアス』
五、『イーリオスの攻略』

この二編はかなり重複しているが、アキレウスの討死にから
(四)は大体木馬の計まで、(五)は落城の模様に主点がおかれたもの
らしい、今はいずれもこう慨か断片、または他の書物にその話が出ているだけである。

『小イーリアス』とは?

①創作年代
前7世紀と伝承されるが不詳

②作者
ピュラーのレスケースをはじめホメロースなど不詳

③出典プロクロス『叙事詩の環』(Επικός Κύκλος)
オリジナルのテキストは30行ほどが残存
プロクロスの『文学便覧』(Chrestomathy)の書いた「叙事詩の環」の散文のあらすじによって知られる。

④内容
①大アイアースとオデュッセウスのアキレウスの武器争い。
アテーナーの助言で、オデュッセウスに与えられる。(アイアキダイの政敵の捏造)
つまりアルクマイオーン家の捏造。
②大アイアースが狂気になって自殺。火葬を許されない。
③オデュッセウスはトロイアの予言者ヘレノスを待ち伏せて捕らえる。ヘレノスはパラディオン(パラス・アテーナーの木像)がある間、トロイアは陥落しないと予言する。
(トロイアにアテーナーの木像が後生大事に祀られているのが捏造である。
捏造は、アイアキダイの政敵アルクメオン家(ペリクレス、アルキビアデスの派閥))
④その予言に従って、オデュッセウスとディオメーデースとは、マカオーンに傷を治癒されたピロクテーテースを迎えにレムノス島に行く。
(オデュッセウス(フェニキア系)とディオメーデース(アイオリス系)が、ヘーラクレースの稚児か稚児の息子にして火葬堆に着火した功績により、ヘーラクレース自身から弓を授けられたピロクテーテースを迎えに行くのは、道理であるが、ピロクテーテースをレムノス島に置き去りにしたのがオデュッセウスであること、敵のアカイア軍に味方して戦うのはありえない。)
④ピロクテーテスはパリスを弓で倒す。
(ヘーラクレースの稚児が、テーバイ帝室方のパリスを倒すのは茶番)
⑤オデュッセウスは、ネオプトレモスを連れて来て、アキレウスの武具を与える。
⑥オデュッセウスは、トロイアに侵入して、パラディオンを盗む。(パラディオンなどというアカイア人・ダナオイ人の神をトロイア軍(テーバイ帝室)が祀っているはずはない。)
⑦エーリスの古王エンデュミオーンの息子のエペイオスが、木馬を建造する。
(エンデュミオーンは、アイオリス王家がエーリスに進出した草創期の古王で、時代錯誤もはなはだしい。木馬は科学的にあり得ない。)
⑧木馬を中に引き入れる。
『トロイアの陥落』の部分は欠損。
⑨ネオプトレモスが、ヘクトールの子でアステュアナクス(都市の王の意=メルカルト)を塔から落として殺し、アンドロマーケーを捕虜にする。
(へクトール(ヘーラクレース)の子がアステュアナクス(メルカルト=ヘーラクレース)というのは、テーバイ帝室がヘーラクレース名を代々継承していたからだろう。
この部分は、エペイオス王家が捏造に関わった『トロイアの陥落』(『イーリオスの攻略』の作者グループがあとから挿入したのであろう。)

『イーリオスの攻略』とは?

①創作年代
前7世紀というのは伝承、不詳。


②作者
不詳。

③残存
オリジナルのテキストは10行ほどが残存。

内容については、プロクロスの『Chrestomathy』の書いた「叙事詩の環」の散文のあらすじに頼るのみ。

④内容
①木馬論議:カッサンドラーとラオコーンの反対。
②ラオコーンと息子たち、ポセイドーンに殺される。
③アイネーアス、トロイアを去る決意。
④ギリシア軍侵入。
⑤プリアモス王は、ゼウスの祭壇にすがるが、ネオプトレモスによって殺される。
⑥小アイアースは、カッサンドラーをアテーナーの祭壇で、汚す。

神々は懲罰として小アイアースに石を投げて殺すかどうか検討するが、小アイアースはアテーナーの祭壇に避難する。しかし、ギリシア軍がトロイアを出帆した時に、アテーナーが海上で小アイアースを殺す。
⑦オデュッセウスが赤ん坊のアステュアナクスを殺害し、ネオプトレモスはヘクトールの妻アンドロマケーを捕虜にする。このエピソードは前編にあたる『小イーリアス』の断片の中にもあるが、そこではアステュアナクスを殺したのはネオプトレモスになっている。
⑧ギリシア軍は、アキレウスの霊を鎮めるため、プリアモスの王女ポリュセクネーを生贄にする。

ネオプトレモスが擁護されているため、アキレウスの子孫を捏造するマケドニア王家の部下プトレマイオス家、もしくはアレクサンドロスの係累の捏造の可能性が大。
また、アイネーアスからローマ人の捏造も。

『帰還』

六、『帰還』従軍した諸将軍の帰国の物語。

『帰還』Νόστοιとは?

①創作年代
前7世紀という伝承だが、不詳。

②作者
ホメーロス、エウメロスなどさまざまな憶測あり、不詳。

③残存
『ノストイ』のオリジナルのテキストは5行半だけ。

プロクロスの『Chrestomathy』の書いた「叙事詩の環」の散文のあらすじ。

④内容
①トロイアの略奪でアテーナーが怒っている。
②アガメムノーンは、アテーナーを宥めるために供儀をしてから出発する。
③ディオメーデースとネストールは直ちに帰郷したのに、嵐に遭わない。

(アイオリス系だから、レコンキスタの勝利者)
④小アイアース(ロクリス人)は、アテーナーによって死ぬ。
⑤アガメムノーンは帰郷するが、クリュタイムネーストラーと姦夫アイギストスに殺される。
⑥最後にメネラオスがエジプトから帰郷する。
(このメネラオスの帰郷は『オデュッセイア』によって語られる。

『オデュッセイア』

七、『オデュッセイア』これも『帰還』の一部に当るが、中でも特殊な境遇におかれたギリシア軍の大将でイタケー(イタカ)の領主オデュッセウスが、・・・

『オデュッセイア』とは?

①創作年代
前8世紀ごろに吟遊詩人によって語られる。
ホメーロスには賛否両論。
前6世紀ごろに文字化。ペリクレスによるとされる。

②作者
ホメーロス他。改竄者ペリクレスほか。

③残存
全編残存。

④内容
①オデュッセウスがポセイドーンの呪いで漂流する羽目に。
②テーレマコスを導くのは、メンテースに化けたアテーナー。
③テーレマコスは、アテーナーの助けでオデュッセウスを探す。

(ペリクレス他アルクマイオーン家の捏造)
④ピュロスに行きネストールに会う。
⑤オレステスがクリュタイムネーストラーと姦夫アイギストスを見事打倒したことを聞かされる。
⑥アテーナーの助けでオデュッセウスが帰郷
⑦求婚者の首謀者アンティノオスを殺す。

アンティノオスとは、イタケーのエウペイテースの子。父エウペイテースは弔い合戦に来るが、メンテースに化けたアテーナーに助けられたラーエルテース(オデュッセウスの父)によって殺される。

プロクレス『叙事詩の環』(Επικός Κύκλος)の総括

トロイア詩圏の詩の史料は、
プロクロス『叙事詩の環』(Επικός Κύκλος)
ホメーロス『イーリアス』『オデュセウイア』
の二つである。

『キュプリア』 Κύπρια『小イーリアス』、『イーリオスの攻略』、『帰還』Νόστοιなど、ホメーロスを補完する伝説のすべてのソースが、プロクロスの『叙事詩の環』(Επικός Κύκλος)である。

このプロクロス(Πρόκλος)は、ラテン文学者、Eutychios Proklosであるという説があるのみ。
いずれにせよ、ヘレニズム時代からローマ時代に編纂されたと思われる。

アキレウスを崇拝していたアレクサンドロスが、自分の母方のエペイロス王家の祖を、アキレウスの子ネオプトレモスにすべく、ばあさんのアンドロマケーとネオプトレモスの子孫に仕立て上げたのであろう。
オリュンピアスの父がネオプトレモス一世であるが、前370年からである。せいぜい四世紀からの王家なので、アテーナイ捏造班によって有名になったアキレウスの後裔を名乗ったことは容易に想像つく。

エペイロス王家は、普通に考えれば、イリュリア人(テーバイ帝室系)とドーリス人(テーバイ帝室系)の混血であろう。
ハンニバルが尊敬したピュロスも、共闘したピリッポス五世も、フェニキア系と想定されるからである。

『キュプリア』の序盤

人口削減の戦争

世界の人口があまり殖えすぎたもので、ゼウス大神は食糧問題と失業問題に頭を悩まし、秩序を代表する女神テミスを招いて謀議を凝らすが、ついに大きな戦争を起して、人間の数を減らすことに決した。p206

『マハーバラタ』やシュメルの大洪水神話がモトネタ。

ペーレウスとテティスが神前結婚の捏造

こうしてペーレウスとテティスの婚儀は、天上の神々の臨席のもとに、華やかに執りおこなわれた。p206

アカイア人の野盗ペーレウスとモブ女神テティスの婚礼に、天上の神々が臨席するなど、カドモスとハルモニアー(地上の帝王とオリュンポス12神同士の結合から生れた神々の嫡女)の結婚と結婚式を真似るなどおこがましい。

エリスの不招待(ゼウスの陰謀)

争いの女神エリスだけは、この宴に招きを受けなかった。p206

ゼウスがヘスペリデスの林檎を貸し出す

しかしエリスは、・・・西の涯ヘスペリデスの苑から、黄金の林檎を一つ持って来て、それを神々が列座している饗宴の場に抛り込んだ。それを取りあげてみると、「いちばん美しい女神へ」と記してあった。p206

ゼウスがパリスを審判役に

女神たちに責め立てられて、ゼウス大神は鷹揚な家長らしく、自分で判定を下すのを避けた。
そしてこの「優雅の審判役」アルビテル・エレガンティアエを少年パリスに委ねることにした。

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