本の情報
著者:加藤隆
書名:「旧約聖書の誕生」
出版:ちくま学芸文庫
出版年月日:2011年12月10日
最新刊:2020年8月10日
引用文
| 章 | 要約 | 本文 | 頁 |
|---|---|---|---|
| 1 | 章目次 | 第一章 聖書の基礎 | 21 |
| 1 | 旧約聖書はヘブライ語とアラム語 | 旧約聖書はヘブライ語で書かれている(ただし一部分はアラム語で書かれている。エズラ記四・八ー六・一八、七・一ニーニ六、ダニエル書二・四bー七・二八、エレミア書一〇・一一の一語、創世記三一・四七の一語)。 | 21 |
| 1 | 新約はギリシア語 | 新約聖書はすべてギリシア語で書かれている。 | 21 |
| 1 | ヤーウェ資料 | (略号は「J」)。前十世紀から前九世紀にかけて、つまりソロモンの時代から、南王国の初期にまずは成立したと考えられる。 | 49 |
| 1 | エロヒム資料 | (略号は「E」)。前八世紀。北王国で成立した。 | 49 |
| 1 | 申命記資料 | (D)。前七世紀頃。 | 49 |
| 1 | 祭司資料 | (P)。前六世紀の「バビロン捕囚」およびそれに続く時期に成立した。 | 49 |
| 1 | 「七十人訳聖書」(セプトゥアギンタ)/前2C | ヘブライ語で記されていた聖書も、ギリシア語に翻訳される。これが「七十人訳聖書」(セプトゥアギンタ)である。 | 52 |
| 1 | ヤムニア決定/後1C | こうした事態に終止符を打ったのが、紀元後一世紀後半の決定である。 パレスチナにあるヤムニアという村に集まっていた学者たちによって決められた。この「ヤムニア決定」では、最初からギリシア語で書かれた文書はすべて退けられ、ヘブライ語の三十九の文書だけが聖書を構成するものとされた。 | 52 |
| 1 | キリスト教は「旧約」として継承 | キリスト教は、ユダヤ教の「聖書」を「旧約聖書」として受け継ぐ。しかしキリスト教が受け継いだ「聖書」はヤムニアでの決定の立場に従った三十九の文書からなる「聖書」だと簡単には言うことができない。 | 53 |
| 1 | エズラの指導でまず「律法」成立/前5-4C | ユダヤ教の聖書は、紀元前五世紀か四世紀にユダヤ人たちがアケメネス朝ペルシアの支配にあった時、エズラの指導でまず「律法」の部分が成立した。 ***************** 実は、旧約の核は、「エズラの指導で成立した「律法」」であったと想定される。つまり前5-4世紀である。 | 58 |
| 1 | エルサレム陥落/後70年 | 紀元後一世紀の後半にローマ帝国に対するユダヤ人の反乱であるユダヤ戦争が生じて、七〇年にエルサレムが陥落する。 | 58 |
| 1 | ヤムニア会議/後1C | このユダヤ戦争の後にパレスチナのヤムニアという小さな村に集まった学者たちが中心になってユダヤ教のいわば体制再建が行われた。この時にユダヤ教の聖書が、ヘブライ語で書かれた三十九の文書によって構成されることになる。 | 58 |
| 1 | キリスト教は七十人訳 | キリスト教の側では、七十人訳のギリシア語聖書が特に尊重されることになる。 | 61 |
| 1 | 「ヴルガタ訳聖書」/4C | 四世紀にラテン語のいわゆる「ヴルガタ訳聖書」が作られる。 | 61 |
| 1 | プロテスタントは39文書に固執 | 宗教改革の時代に、プロテスタント側は旧約聖書についてヘブライ語の三十九文書だけが正典であるという立場をとった。 | 61 |
| 1 | ヘブライ文字4つの子音で「ヤハウェ」 | 「ヤーヴェ」という名は、ヘブライ語では、四つの文字で記されている。聖書に出て来る「ヤーヴェ」はローマ字に転記するならば、YHWHとなる。これに本来の発音の母音を加えると、YaHWeHとなり、「ヤーヴェ」ないし「ヤハウェ」と読むことになる。 | 71 |
| 1 | アドナイ | しかし神の名をみだりに発音してはならないという考え方から、聖書朗読の際にこのYHWHの語は、「主」を意味する「アドナイ」という別の語で発音するべきだとされていた。 | 71 |
| 1 | ヘブライ人/イスラエル人/ユダヤ人 | 「ヘブライ人」「イスラエル人」「ユダヤ人」といった言い方は・・・ | 72 |
| 1 | ヘブライ人 | 「ヘブライ人」ないし「ヘブル人」という言い方は、血縁的・社会的な繋がりの面がどちらかというと強調されている。もともとは遊牧民の名前だった。 | 73 |
| 1 | 最初はヘブライ人のみ | 出エジプトの際にモーセの指導の下にエジプトを脱出した集団は、ヘブライ人と呼ぶのが適当である。 | 73 |
| 1 | イスラエルはヤコブの別名 | 「イスラエル」ないし「イスラエル人」という言い方は基本的には、ヤコブの子孫を指す。「イスラエル」はヤコブの別名である。 **************** 「イスラ・エル」は「神と闘う」と言う意味。『創世記』32章、ヤボクの渡しで、神と格闘して勝ったことで、「イスラエル」の名を与えられる。この神はエルであり、神にいどむバビロニアの生き方を植福しているようではないか。 つまり、イスラエルは北王国の名前であり、北王国は、アッシリアからは、その首都をもってサマリア王国と呼ばれていたようだ。しかし、ユダの山中の遊牧民は、北イスラエル王国の栄光と繁栄に憧れと妬みをもっていたので、この名を「盗んだ」のであろう。 | 73 |
| 1 | 北王国の名前 | 王国の南北分裂後は、「イスラエル」は北王国の名になる。 ************** 北王国がイスラエルの起源であり、ヤコブの神話は、繁栄のイスラエル王国から捏造されたのであろう。 | 73 |
| 1 | ユダヤ人はペルシア期以降 | 「ユダヤ人」は、捕囚からの帰還の後のペルシア期以降の名称である。 | 74 |
| 1 | ユダとは誰か | 「ユダ」は、ヤコブの子の一人の名で、この名の部族の領域の名だった。 ************** イスラエル12部族のうち、ヤコブ=イスラエルの12人の子の子孫が部族となったとされる。 北王国が10人の子孫。事実上は、この北王国の領域の住民はフェニキア人であった。 聖書は、ヤコブの末子ヨセフの子孫を北イスラエル王国の初代ヤロブアム一世に捏造している。この人は、フェニキア人だっただろう。 ヨセフは最愛のラケルの子であったが、なんと、ダビデとイエスを輩出したユダの母は、ラケルに寵愛を奪われたレアの子孫であるのだ! | 74 |
| 1 | ユダ王国 | これが南王国の名となって、南王国が「ユダ王国」と呼ばれる。 | 74 |
| 1 | ユダヤ≠ユダ | 「ユダヤ」はこのユダから派生した語だが、「ユダ」とは別の名である。 | 74 |
| 1 | ペルシア帝国の「ユダヤ州」 | ペルシア帝国の政治区分でパレスチナが「ユダヤ州」とされたことから始まる。 | 74 |
| 1 | ぺリシア人の中のユダヤ州民! | 「ユダヤ州」に住む者がユダヤ人であり、やがてヘブライ人の民族と呼ばれるようになる。 | 74 |
| 1 | ユダヤ人/前5C以降 | また「ユダヤ人」という名は、厳密には捕囚からの帰還以後に限って用いる。 | 74 |
| 2 | 章目次 | 第二章 出エジプト | 75 |
| 3 | 章目次 | 第三章 イスラエル統一王国 | 127 |
| 3 | 「ハビル」人 | カナンとは、現在のパレスチナの当時の名称である。侵入した者たちは「ハビル」と呼ばれていたようである。 | 127 |
| 3 | 最初はイスラエルの10部族 | それからイスラエルの部族連合は、最初から十二部族によって構成されていたのではなく、すくなくとも最初は南の部族であるユダとシメオンを除く十部族の「イスラエル」があったと思われる。 | 128 |
| 3 | ヤコブの12人の子 | 「イスラエルの十二部族」について簡単に整理しておく。この「十二部族」は「ヤコブの十二人の子を祖先とする部族」である。 | 129 |
| 3 | レビ族は土地なし/ヨセフ族が2分割 | カナンの地は、十二に分割され、各地域にヤコブの子らの名が用いられる。ただし「レビ族」は、土地を持たない。このために「ヨセフ族」が、「マナセ族」「エフライム族」に分けられる。 | 129 |
| 3 | エフライム族 | このうち「エフライム族」が、北の十部族を代表する部族である。北の十部族の全体を「エフライム」と呼ぶこともある。 ******************** ヤコブの末子ラケルの子ヨセフの末子のエフライムの子孫である。 その子孫から北王国の初代ヤロブアム1世が誕生したとする。 | 130 |
| 3 | レビ族 | 「レビ族」。祭司職を担う部族となっているために、他の部族のように自治を行う領域を持たない。 | 130 |
| 3 | モーセとアロン | モーセもアロンもレビ族だとされている。 | 130 |
| 4 | 章目次 | 第四章 北王国 | 173 |
| 4 | 失われた十部族とサマリア人 | イスラエル王国で生き残った者の大半、特に指導者階級や知識人は、アッシリア帝国内の他の地域にばらばらに強制的に移住を強いられ、旧イスラエル王国の空いた土地にはアッシリア帝国の各地からのさまざまな被支配民族出身の者たちが連れて来られた。移住させられたなかったイスラエル人たちもこの外国人たちと混じるようになり、彼らはサマリア人と呼ばれることになる。 ***************** 北イスラエル王国の「失われた十部族」は、実はバアルやアシェラを崇拝するフェニキア系であり、日本などに来た人々もいたことだろう。彼らは一神教ではありえない。 | 179-180 |
| 5 | 章目次 | 第五章 南王国 | 227 |
| 5 | イザヤ | 北王国のエリヤ、エリシャ、アモス、ホセアのように在野で大きな影響力をもつ預言者は、南王国ではいくらか遅れて登場する。 イザヤが南王国のこのタイプの最初の重要な預言者である。 ***************** 北王国の預言者に実在性は感じられないが、南王国の預言者は、個人もしくは預言者集団として存在したようだ。 | 240 |
| 5 | 前700年頃 | イザヤは前八世紀後半、前七四〇年頃から前七〇〇年頃に活躍した。 | 240 |
| 5 | 「イザヤ教団」/前6Cのバビロンで | イザヤは個人として活動しただけではない。当時たいへん大きな影響力をもった。「イザヤ教団」とでもいうべきものが存在し、イザヤ自身が亡くなった後も弟子たちの集団は存続して、前六世紀のバビロン捕囚の時期、また捕囚以後の時期にもイザヤの名において預言活動を行った。 | 240 |
| 6 | 章目次 | 第六章 バビロン捕囚 | 283 |
| 6 | エゼキエル | エゼキエル書は、全四十八章である。エゼキエルは、前五九七年に最初に捕囚となって連れ去られた人々の中に混じっていた。 | 294 |
| 6 | 嫉妬の幻視 | 彼は「幻」を見る。(ティルスの君主への非難)には、知恵を得て「神のように」なる者が非難されており、・・・ ************ イスラエルは、神に挑むことを称える名である、エゼキエルは奴隷の宗教を押しつけた。 | 295 |
| 6 | レビ記 | レビ記の成立に先立って、まず捕囚前の時期に「神聖法集」の部分がある程度成立した。北王国的な神との契約・神による選びが強調されており、また神殿での儀式が規則化される。 | 313 |
| 6 | レビ族 | 「レビ人」「アロンの子孫」「祭司」について、簡単に整理しておく。レビ族はヤコブの子のレビの子孫とされている。レビ族は土地を持たず、いわゆるイスラエル十二部族には数えられない。 | 313-314 |
| 6 | 祭司族 | レビ族は祭司族であって、祭司はすべてレビ族だった。しかし捕囚後はレビ族の中のアロンの子孫だけが祭司とされ、・・・ | 314 |
| 6 | ツァドクからサドカイ派 | ダビデ王・ソロモン王の時に祭司だったツァドクの子孫のみを祭司としようとする試みがなされている。前二世紀頃から祭司階級を中心とする上流階級を代表する流れが「サドカイ派」と呼ばれるようになるが、これはこのツァドクの名に由来すると言われている。 | 314 |
| 6 | 一夫多妻 | 「一夫一婦制」は聖書の掟ではない。聖書の登場人物の多くは、多くの妻や妾を持っている。 ********************* 一夫一婦制は、女権の強いフェニキア人起源の制度である。 その淵源は、カドモスとハルモニアの結婚である。イエスもフェニキア人だから、一夫一婦制を推奨したのである。男女平等を理想とするのは、人類平等友愛思想のフェニキア人の道徳観である。 | 320 |
| 6 | ホロコースト | 「焼き尽くす捧げ物」。「ホロコースト」である。 | 321 |
| 7 | 章目次 | 第七章 ペルシア帝国期のイスラエル | 339 |
| 7 | 第二神殿みすぼらしい | 再建したといっても、この第二神殿はかなりみすぼらしいものだったという。しかし紀元前一世紀にヘロデ王が大修復工事を行って、大変豪華なものになった。 | 339 |
| 7 | 聖書の核成立 | ペルシア期において神殿建設と並んで重要な出来事は、聖書の核が成立したことである。 | 344 |
| 7 | ペルシア期まで「聖書」なし | ペルシア期にいたるまでのユダヤ教には聖書は存在していなかった。 | 344 |
| 7 | 核エズラ/前5か4、339書/後1 | まず核となる部分が成立し、徐々に他の部分がつけ加わり、そして全体の構成がどのようなものかについてなかなか統一がなされず、ようやく紀元後一世紀末になって一応のところの最終的な形が確定した。 ***************** 聖書の成立の一番古い時点は、ダビデ・ソロモン統一王朝期だが、これはこの統一王朝が架空なだけにありえない、却下。 次は、「申命記史家」とよばれる者たちによって「申命記」が成立した時期であり、前六世紀のユダ王国滅亡後、バビロンで作成が始まったとする説。つまり、この時は、聖書の第一部「律法」(トーラー)は成立しておらず、聖書は「申命記」から始まったとする説である。 ①申命記史家が、「申命記」とそれに続く「土地取得時代」の「ヨシュア記」「士師記」「サムエル記」「列王記」という第二部「預言者」(ネビイーム)の前編を書いた。 ②エズラ(エスラドス)が「律法」(トーラー)を書く。 エズラとネヘミヤは、前5世紀(アルタクセルクセス1世)か前4世紀(アルタクセルクセス2世)に仕えたペルシア官僚になったユダヤの預言者である。 まず、ユダ王国の預言者ではなく、「ユダヤ」の預言者であること要注意!!つまりペルシア帝国の「ユダヤ属州」の代官がエズラとネヘミヤであったのだ。ペルシアが、バビロニアやアッシリアなどのように「自治国」として地位をまがりなりにも認めなかった中央集権国家(そのくせ、強大で高度な技術をもつフェニキア人国家シドンやテュロスには自治国としての地位を認めざるをえなかった)であったにもかかわらず、大称賛し、バビロニアを悪の帝国に仕立てあげたのはむりもない。 エズラは、ユダヤのそれまで、ヒッタイト帝国の契約を手本にしていた侵略主義の一神教を、ペルシア帝国の宗教ゾロアスター教の理念とハイブリッドして、先鋭化させ、男尊女卑の差別的、他民族排他的、狂暴な好戦的原理主義的一神教を「創造」した。ペルシアの直線史観を、それまでの農耕的循環史観にとって変えた。ヘーゲルとマルクスの唯物史観は、ユダヤ教原理主義の申し子である。ヤハウェは、農耕神で嵐の神、慈雨の神、雷雨の神ハダド=アダドとあまり変わらぬ神だったが、ペルシアの宗教のザラトゥストラ以前のミトラ教の太陽信仰的なものとなった。ミトラ神は契約の神であった。のちにローマ帝国は、アクエンアテンの平等・友愛的太陽信仰とハイブリッドされたミトラ教を採り入れた。同じくフェニキア人イエスは、アテン教から平等・友愛の宗教を借用し、ユダヤ教の宗教改革を行った。ネロ帝の時代、しかしキリスト教はユダヤ教に毒されて、ユダヤ教に先祖返りし、狂暴に異教徒をリンチにかけていたため、迫害されたすでに腐敗してカトリック原理主義となっていたからだ。 | 345 |
| 7 | ペルシア官僚エズラ/前5か前4C | ペルシア期におけるユダヤ教の聖書の核となる部分の成立において重要な役割を果たしたのは、エズラという人物である。彼が前五世紀の人物なのか、前四世紀の人物なのか、異説があって決め難い。 ************** エズラは、前五世紀の人(アルタクセルクセス1世の官僚)か前四世紀の人(アルタクセルクセス2世の官僚)かである。 〔アルタクセルクセス1世〕:在位前465-424年(前5世紀) 古代ペルシア語では、「アルタクシャサ」。 父クセルクセスの暗殺の黒幕として兄ダレイオスを殺して王位に就いた。 前449年に「カリアスの和約」をアテーナイと結び、アテーナイ捏造班とつるんだペルシア王である。 また、アテーナイ民衆の裏切り者テミストクレスも優遇したのもこの王である。 『ネヘミヤ記』でネヘミヤが「献酌官」として仕えた「アルタクシャサ」である。ちなみに『エズラ』に出て来る「アルタクシャサ」は、ヘーロドトスにも出て来るカンビュセスの死後10か月だけ王だったスメルデス(偽スメルデス)であり、サマリア人に買収され、ユダヤ人の神殿の建設を中断させた描写がある。この偽スメルデスは、バビロニア系のマゴス神官で、善政を布き、メソポタミアの民衆からたいへん慕われた。 〔アルタクセルクセス2世〕:在位前404-358年(前4世紀) 1世の孫。 アルタクセルクセス1世の後即位したのは、クセルクセス2世だが、わずか2か月で、異母弟ソグディアヌスによって暗殺され、その暗殺者を始末したダレイオス2世が即位した。近親婚でパリュサイスと結婚。 有能なサトラップのティッサフェルネス、ファルナバゾス、息子の次男キュロスの活躍で、アテーナイとラケダイモーンを戦争させ、ペルシアの命運を保った。アルタクセルクセスはダレイオス2世の長男である。 最長在位を誇った。弟小キュロスに反乱されて戦死させたため、母の怒りから名臣ティッサフェルネスを処刑した。 スパルタとアンタルキダスの和約を結び、ペルシアに有利にことを運んだ。 | 345 |
| 7 | エズラ著『律法』-「申命記」 | 具体的には「モーセ五書」という名でも呼ばれる五巻からなる書物で、・・・創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記のことである。 ****************** 創世記・出エジプト記・レビ記・民数記を執筆したと想定される。 後に、もとから口伝で存在したかラビの間で秘匿されていた「申命記」と、「預言者」(ネビイーム)の前半の「ヨシュア記」「士師記」「サムエル記」「列王記」が、このエズラ著「律法」-「申命記」を「接ぎ木」された。 | 345 |
| 7 | ペルシア当局が、統治の指針としての宗教書類の提出をせまる | そこで中央当局は各民族に自分たちがどのような原則で生活するかについて、明示的に書かれた文書を作成して、当局に提出するようにという方針をとったと思われる。ペルシアの高級官僚であるユダヤ人エズラが中心となって「律法」の編集が行われたのは、このような事情が背景にあっただろう。 | 348 |
| 7 | ペルシア当局に提出後、勝手に改訂御法度に | ところが出来上がったテキストをペルシア当局に提出してしまったら、どうなるだろうか。ユダヤ人たちはもはやこのテキストを変更することはできない。 | 352 |
| 7 | ペルシア人の権威に裏打ちされた「絶対的」正典に | ペルシア人のものとなってしまったユダヤ人向けの掟は、ユダヤ人からは変更できない。 こうして「もはや一字一句も変更できない」という程の絶対的な権威をもったテキストが誕生することになる。 | 352-353 |
| 7 | プトレマイオス朝の権威に裏打ちされた「七十人訳聖書」 | ヘブライ語で書かれたユダヤ教の聖書のギリシア語訳の一つである「七十人訳聖書」が、翻訳版であるにもかかわらず、ヘブライ語版に匹敵する権威があるとされたことがあった。このことの背後にはプトレマイオス朝エジプトの権威があったと考えられる。 | 353 |
| 7 | キュロスの勅令で帰還/前538年 | 前五三八年にバビロニアが滅び、キュロス王(二世)の勅令によって、ユダヤ人は祖先の地に帰り、また神殿を再建することが許される(エズ1章2-4)。 | 354 |
| 7 | サマリア人の神殿建設協力の申し出拒否 | ユダヤはサマリア人によって治められていた。サマリア人は神殿建設を手伝おうとするが、ユダヤ人はこれを拒否する。 | 354 |
| 7 | サマリア人はエルサレムの城壁の修復に反対 | またサマリア人はエルサレムの城壁の修復には反対する。 | 354 |
| 7 | 第二回帰還/前520年 | 前五二〇年、ダリオス一世の時に、第二回の帰還が行われる。 預言者ハガイ、ゼカリヤの活動は、この時期である。 | 355 |
| 7 | 神殿再建完成/前515年 | 前五一五年、神殿再建の工事が完了する(エズ三章-六章) | 355 |
| 7 | しょぼい第二神殿かんせーい! | 第一神殿と比べてあまりにみすぼらしいので、第一神殿を知っている者は失望する。 ************* みすぼらしい第二神殿の比較対象は、第一神殿であるが、この実体は、テュロスのヒラムのメルカルト神殿か、北イスラエル王国の神殿であろう。 | 355 |
| 7 | ペルシア官僚ネヘミヤの2回の介入/前445-432年でエルサレム城壁完成 | 前五世紀後半、ネヘミヤの二回にわたる介入(前445年、前432年)で、エルサレムの城壁修復工事が完成する。 | 355 |
| 7 | サマリア人からの独立 | サマリア人からの独立がはっきりしたものとなる。この頃、預言者マラキが活動する。 | 355 |
| 7 | エズラの派遣/アルタクセルクセス王第7年 | 前三九八年(あるいは前四五八年)、エズラがアルタクセルクセス王によって派遣される(「アルタクセルクセス王の第七年」エズラ七・七)。 | 355 |
| 7 | 「アルタクセルクセス」が2世か1世か不確実 | 「アルタクセルクセス王」を「二世」(在位、前406-359年)とすると、ここで示したようにエズラの派遣は前四世紀初めのこととなるが、この「アルタクセルクセス王」は「一世」かもしれない。 | 355-356 |
| 7 | 「ディアスポラ」のユダヤ人 | 捕囚以前はユダヤ人は、パレスチナにだけ住んでいたが、捕囚の時期を経てそれ以降は、ユダヤ人はパレスチナ以外のところにも住むようになる。このようなパレスチナ以外のところに住むユダヤ人を「ディアスポラ」のユダヤ人という。 ***************** イスラエル人の10枝族は、「ユダヤ人」ではない。人種的にも思想的にもフェニキア人。 | 356 |
| 7 | 「離散のユダヤ人」 | 後一世紀後半のユダヤ戦争敗北後には、ユダヤ人はパレスチナに住むことができなくなり、ユダヤ人の全員が文字通り「離散のユダヤ人」だった。 | 356 |
| 7 | アラム語が共通語 | ペルシア帝国では、その被支配民族政策の故もあって、さまざまな言語が使われたが、共通語となったのはやはりアラム語である。 | 357 |
| 7 | アラム人の勢力の結果 | アラム語はアッシリア時代に分散された諸民族出身の者たちが共通語として使わざるを得なくなって以来、広く使われるようになっていた。 | 357 |
| 7 | ヘブライ語の衰退・死語化 | ユダヤでもアラム語が次第にヘブライ語に代わり、ヘブライ後は儀礼の言語としてだけ残る。 | 357 |
| 7 | エズラの編集 | 「律法」(モーセ五書)は、ペルシア宮廷の高級官僚であるユダヤ人のエズラが中心となって編集活動が行われて成立した。 | 374 |
| 7 | バビロンで編纂 | モーセ五書の編集作業のかなりの部分がバビロンで行われたと考えた方が現実的だろう。 | 376 |
| 7 | エズラがバビロンに集められた資料を使って編纂 | モーセ五書の編纂に際してエズラの手元には、次のような史料があったと考えられる。 ヤーヴェ資料、エロヒム資料、申命記資料、祭司資料とレビ記、その他の独立した資料 エズラはこれらを一つに纏める。 | 376 |
| 7 | ユダヤ人とサマリア人にパレスチナに赴いて強制する | そしてすべての者(ユダヤ人とサマリア人)に、ペルシア帝国の権威に基礎をおいた法律として「天の神の律法」(エズ七章21)を課する。 ****************** この時以来、サマリア人は、まじめに一神教を実践してきた。その挙句が、ヒルカノスによる神殿と町の破壊である。 | 376 |
| 7 | サマリア人 | サマリア人も、この「天の神の律法」を受け入れたと考えられている。 サマリア人たちはゲリジム山に自分たちの神殿を建てる。しかし「モーセ五書」をも保持する(「サマリア五書」と呼ばれることになる)。 | 384 |
| 7 | 「歴代誌的歴史」 | ペルシア期には、「歴代誌」「エズラ記」「ネヘミヤ記」からなるいわゆる「歴代誌的歴史」も作られ始める。 | 385 |
| 7 | 「歴代誌家」 | 最終的に出来上がるのは、おそらくアレキサンダー大王の征服以後のギリシア期、前三世紀前半頃と考えられる。作者はわからない。便宜上「歴代誌家」と呼ばれている。 | 385 |
| 7 | 系図だけ | アダムからサウルの直前までは、主として系図だけが記されている。 | 385 |
| 7 | 歴代誌家は一種の歴史神学家 | 歴代誌は「サムエル書」「列王記」のミドラシュだと言うことができる。歴代誌家は一種の歴史神学家である。 | 385 |
| 7 | 古いテキストを現代に合わせて「解釈し直す」必要 | テキストの変更ができない高い権威のある書物として聖書が成立する。しかし時間が経つにつれて、しかもかなり早い時期に、聖書を新しい状況に適応させねばならなくなる。古いテキストに、現在の状況の中での意味を見いだすことが必要になる。 | 386 |
| 7 | 「ミドラシュ」とは「解釈の方法」 | 「ミドラシュ」とは「解釈の方法」という意味で、またその方法で執筆された作品のことである。 | 386 |
| 7 | 「探求する」「研究する」を意味する「ダラシュ」に由来 | 「ミドラシュ」という語は「探求する」「研究する」を意味する「ダラシュ」に由来している。 | 386 |
| 7 | 削除されたバトシェバ事件 | たとえば「もとのテキスト」であるサムエル記下一一章には、ダビデとバトシェバの事件についての記述がある。 このエピソードは、歴代誌ではまったく触れられていない。 歴代誌では、ダビデは理想的で欠陥のない王というイメージの人物でなければならなからであり・・・ | 389 |
| 7 | 「タルグム」アラム語での口語の翻訳/ひいては恣意的ミドラシュ | 「タルグム」とは、基本的には聖書のアラム語での口語の翻訳のことである。礼拝において聖書はヘブライ語で朗読される。それから書記がアラム語で翻訳する。しかしこの際に、逐語訳的な直訳をする代わりに、人々が分かるように意味を展開する。この時の「意味の説明」は、ミドラシュ的なものであって、かなり恣意的なところがある。 | 392 |
| 7 | 知恵文学 | 諺は大衆の知恵を短い文に表現したもので、「箴言」に集められる。 | 397 |
| 7 | ルツ記 | ルツ記はいわば小さな歴史小説であって、「ミドラシュ・アガタ」の一つである。 | 399 |
| 7 | ユダのナオミのモアブ寄留 | ユダのベツレヘムの家族が、飢饉のためにモアブに寄留する。エリメレクの妻はナオミであり、二人の息子はモアブの女を妻にする。 | 399 |
| 7 | ダビデはモアブ人の子孫 | このことがきっかけでボアズとルツが結婚し、ルツは男の子を産む。これが尾辺ドであって、ダビデの先祖である。 | 399 |
| 7 | エズラの掟は、外国人妻の離婚を強制した | 執筆されたのは前四世紀頃と考えられている。エズラが定めた掟では、民族主義的な「信仰」の純粋さを保つためには、外国人と結婚していたユダヤ人に離婚するよう命じられていた。この措置は、神の命令ということになっている。 | 400 |
| 7 | エズラへの反論 | エズラのこの措置についてルツ記は、これは少し行き過ぎではないかと声をかける。 | 400 |
| 7 | 箴言 | 「箴言は、諺集である。 捕囚後、最古の部分(ソロモンの時代?)、知恵者の言葉(エジプト起源?)、アグルの言葉(外国人知恵者の言葉)、レムエルの言葉(外国人知恵者の言葉) | 408 |
| 8 | 章目次 | 第八章 ギリシア・ローマ期のイスラエル | 417 |
| 8 | 「シナゴーグ」 | ここで重要な役割を果たすことになるのが「シナゴーグ」である。日本語で「会堂」「集会所」などと訳されている。 | 426 |
| 8 | イエスの時代の3派 | 三つの流れは、イエスの時代のユダヤ教を代表する三つの流れーサドカイ派、ファリサイ派、エッセネ派ーである。 | 431 |
| 8 | サドカイ派 | 神殿での活動を然るべく行っていれば神の前での義が実現されるとする流れがあった。サドカイ派と呼ばれる。 | 431 |
| 8 | ユダヤ人社会の上層階級 | 収入の十分の一を税として神殿に収めねばならなかったので、神殿には富が集まっていた。サドカイ派は、社会的にも経済的にも、ユダヤ人社会の上層階級だった。 | 432 |
| 8 | ファリサイ派 | 律法を厳密に守ることが、神の前での義を実現することだという流れも生じていた。彼らは「ファリサイ派」と呼ばれる。 | 432-433 |
| 8 | エッセネ派 | エッセネ派はエルサレム神殿の権威を認めず、反サドカイ派である。少数のエリートによる共同体を形成し、厳しい修行生活を送っていた。 | 435 |
| 8 | アンティオコス四世のヘレニズム化強制 | セレウコス朝のアンティオコス四世エピファネスが、立法遵守の禁止やエルサレム神殿へのゼウス像の安置など、かなり強引なヘレニズム化政策を実施した。 | 436 |
| 8 | 割礼の痕跡消去手術 | ギリシア風のスポーツ競技場で運動する時には全裸だったが、ユダヤ人の場合には割礼をしていることが分かってしまう。それが恥ずかしくて、割礼の跡を消す手術を受ける者が少なくなかったという。 | 436 |
| 8 | マタテア戦争/前168年 ハスモン朝成立/前142 年 | しかしパレスチナの田舎のマッタティアス(マタテア)という老祭司が、王の命令を伝える使者を殺したことから反抗が始まり(前168年)、長いゲリラ戦の末に結局のところシリアに対して一応の勝利をおさめて、ハスモン朝が成立する(前142年)。 ******************* 前163年、強力なアンティオコス4世が急死したため、シリアはハスモン朝掃蕩に体力を裂けなかったからである。 | 436 |
| 8 | 和魂洋才的統治に反撥 | しかしハスモン朝のあり方には、ユダヤ人の全体的支持は集まられなかったようである。 | 436 |
| 8 | 「ハシディーム」 | 特に「ハシディーム」と呼ばれる者たちの態度が典型的である。「ハシディーム」とは「敬虔な者たち」という意味で、律法を厳守し、厳しい宗教的生活を行おうとする者たちだった。 | 436 |
| 8 | ハスモン朝の我田引水よくボケ国家 | しかしハスモン朝が成立して一応の平和が訪れてみると、新しい国は大国に挟まれて優柔不断な日和見主義的な態度を取るばかりで、宗教的純粋さも守られなかった。 ******************* 宗教的に原理主義的一神教を剣で押し付けたが、生活はヘレニズム化が加速した。ローマとエジプトの二大勢力におもねったため存続を許された。 | 436 |
| 8 | ハシディームから派生したエッセネ派とファリサイ派 | 彼らから出たのがエッセネ派を始めた者たちで、また後のファリサイ派もハシディームが起源だとされる。 ***************** エッセネ派とファリサイ派が、ハシディームから派生したなら、イエスはエッセネ派ではない。エッセネ派が反サドカイ派なら、イエスはより反ファリサイ派である。イエスは極端な清貧を実行していない。パンを配っているし、フェニキア人の特産物香油の価値もみとめている。金持ちの取税人と食事している。イエスはもっぱらファリサイ派を批判した。イエスはアンチ・ファリサイ派である。フェニキア人である。 | 436-437 |
| 8 | ローマの代官王ヘロデによる間接統治 | ローマによる支配においては、直接統治がされるところと、間接統治がされるところがあった。 パレスチナのユダヤ人については、半ユダヤ人のヘロデが採用されて、間接統治を行った。 | 437 |
| 8 | 「ヘロデ党」「ヘロデ派」 | ユダヤ人の間には親ローマ派も、一つの大きな勢力になった。彼らは「ヘロデ党」「ヘロデ派」などと呼ばれたりした。 | 437 |
| 8 | 「ゼロテ派」=「熱心党」 | しかし武力をもって民族的な独立を実現しようとする過激派も存在した。彼らは「ゼロテ派」と呼ばれる。「ゼロテ」とは「熱心」という意味なので、「熱心党」と訳されたりする。 | 437 |
| 8 | ユダヤ戦争/66年 | 後六六年についにユダヤ人のローマに対する全面的な反乱が開始される。これがユダヤ戦争である(後66-70年)。 | 439 |
| 8 | エルサレム陥落/70年 | そしてローマは七〇年に、ついにエルサレムを陥落させ、神殿を破壊する。 | 440 |
| 8 | ヨハン・ベン・ザッカイの「ヤムニア会議」 | ユダヤ教はこれ以降、ファリサイ派的なあり方に統一されることになる。この際に中心的な役割を果たしたのが「ヤムニア会議」であり、その中心はヨハン・ベン・ザッカイという人物である。 | 440 |
| 8 | ヨハン・ベン・ザッカイの卑怯な脱出 | 彼はエルサレムが包囲されている時に棺の中に身を隠して城壁の外に出され、ローマ軍の包囲を抜けて脱出に成功する。 | 440 |
| 8 | 「ヤムニア会議」inパレスチナ | ヤムニアはパレスチナの小さな村で、ここに「ヤムニア会議」があった。「会議」といわれているが、・・・「指導部」のようなもの。 | 440 |
| 8 | 39文書正典の決定 | この「ヤムニア会議」の決定の中で聖書に関しての重要なのが、ユダヤ教の聖書の正典の文書がヘブライ語の三十九の文書に決定されたことである。 | 440-441 |
| 8 | サドカイ派衰退 | 神殿は破壊されてしまったのでサドカイ派は、もはや存在意義をもたない。 | 441 |
| 8 | バル・コクバの反乱と「ディアスポラ」 | この後にもユダヤ人の一部は、二世紀前半にも、バル・コクバという人物の指導の下に、ある程度の規模の反乱を起こしたが、これも鎮圧されてしまう。ユダヤ人のパレスチナへの立ち入りは厳しく禁止され、これ以降すべてのユダヤ人が文字通り「ディアスポラ」(離散)のユダヤ人となってしまい、この状態が長く続くことになる。 | 442 |
| 8 | 第二ゼカリヤ | ゼカリヤ書は全十四章のうち一ー八章はペルシア期の預言者ゼカリヤのもので、残る九ー一四章はゼカリヤのものではないと考えられており、便宜上「第二ゼカリヤ」と呼ばれている。内容から、ギリシア期の前三世紀-前二世紀に成立したと考えられている。 | 450 |
| 8 | 王としてのメシアのイメージを創造 | メシア(「聖なる油を注がれた者」)によって、神がいつか支配を確立する。ゼカリヤの描くメシアのイメージは、王としてのメシアであり、ダビデの子であり、神の子であり、苦しみの僕である。 | 451 |
| 8 | イエスに「接ぎ木」されたイメージ | へりくだった平和的な王であるメシア、民によって売られた羊飼い、刺し貫かれた神、 | 451-454 |
| 8 | 雅歌の大胆な性描写 | 雅歌は、若者ち乙女の間の愛についての詩であり、肉体関係についても大胆に示唆されている。 **************** 雅歌はフェニキア人の作であろう。 | 466 |
| 8 | 男女平等の雅歌 | また女性は男性に従属するものとされていた社会状況の中で、若者と乙女が対等な立場で愛を歌っていることも、知恵の伝統における男女の位置づけの特徴的な側面と考えるべきだろう。 | 469 |
| 8 | ユディット記の「アッシリアのネブカドネザルの時」という時代錯誤 | 物語の背景となっている歴史的状況にはさまざまな時代のものが混在しており、明らかな時代錯誤がある。たとえば「アッシリアのネブカドネザルの時」という設定になっているが、ネブカドネザルはバビロニアの王である。 | 474-475 |
| 8 | 娼婦ユディット | 大軍に包囲されてイスラエルの民は危機的状況に陥る。しかしユダヤ人の女であるユディットはその美しさ故に、敵の将軍を誘惑して、その首を持ち帰ることに成功し、イスラエルは勝利する。 | 475 |
| 8 | 女性は娼婦的な徳しかない強烈な男尊女卑 | また女性の美しさが敵を籠絡するための手段としてしか評価されていないことは、たとえば「雅歌」における立場とは対極的である。 | 475 |
| 8 | 「エステル記」も排他的な民族主義的立場 | エステルも美しくそして優れた女性で、彼女によってユダヤ人が救われる。また厳しく排他的な民族主義的立場が示されている。こうした点は「ユディット記」と共通である。 | 479 |
| 8 | クセルクセス治世のペルシア | 物語はアハシェロス(=クセルクセス)がペルシア王だった時という設定になっている。 | 479 |
| 8 | ユダヤ女エステル、クセルクセスの妃になる | ユダヤ人であるモルデカイの姪エステルは、アハシェロスの妃になる。 ***************** 設定は、一神教の形成の成分であるペルシアの宗教を提供したペルシア王国のクセルクセス治世である。 ユダヤ女エステルが、その妃になって、女の武器で大虐殺をさせるという反吐のでるような話である。 | 480 |
| 8 | ユダヤ人がペルシアの大臣に | ユダヤ人迫害の決定は取り消され、ハマンは失脚し、モルデカイが大臣になる。 | 480 |
| 8 | 野盗になってOK勅令! | そして「第十二の月(アダルの月)の十三日」に、国中でユダヤ人に敵対する者はユダヤ人が皆殺しにしてよい、また持ち物を奪い取ってよいという勅令が出される。 ************** ニーチェのユダヤ人への敵対的信条は、このような排他的で凶暴なユダヤ教の一神教的排他主義に向けられているとすれば、理解できる。シンデレラ物語の継母へのルサンチマンと同質の負け惜しみである。明らかにフェニキア人の富に嫉妬してるだろ! | 480 |
| 8 | 王に虐殺をおねだりする悪女の娼婦妃エステル | この結果ユダヤ人は敵を一人残らず殺し、スサの町だけで五百人が殺される。エステルは翌日にも同じようにしてよいという勅令を出すように王に頼み、この願いを聞き届けられる。 ***************** このおねだりは、王に虐殺の罪を犯させ、反乱を誘発するだろう。とんでもない悪女だ。 | 480 |
| 8 | 殺人を喜ぶユダヤ人 | この結果、七万五千人が殺される。そしてユダヤ人は「安らぎを得て、この人祝宴と喜びの日」とする。 | 480 |
| 8 | 「モルデカイ」=マルドゥク/「エステル」=スタルテ! | 「モルデカイ」という名は「マルドゥーク」に、「エステル」という名は「アスタルテ」に関係があると指摘されることもある。 ******************** このことから、ペルシア王の背後に立って、権力を揮ったハマンは「堂々とした」「立派な」という意味であることから、実際は、ユダヤ人は、フェニキア人に迫害されていたのかもしれない。シンデレラの白昼夢ではないか。 | 481 |
| 8 | 黙示文学 | 「黙示」という日本語は、「アポカリプス」の訳語である。この表現は、ギリシア語の「アポカリュプテイン」という動詞に由来しており、この動詞は「覆いやヴェールを取る」という意味である。 | 491 |
| 8 | ダニエル書/前164年頃 | 全十二章のこの文書の成立は、マカベア戦争の初期(前164年頃)と考えられている。 ******************* 『ダニエル書』が書かれたのが、マカベア戦争の初期(前164年頃)であることは、悪の対象が、アンティオコス四世であることを意味し、そこがわかれば、一見謎めいた「黙示」の謎がカンタンに解ける。 | 497 |
| 8 | ヘブライ語聖書では「諸書」 ギリシア語聖書では「預言者」 | ヘブライ語聖書では「諸書」の中に、ギリシア語聖書では「預言者」の中に分類されている。 ************** ヘブライ語のわかるラビたちにとっては、『ダニエル書』のダニエルは、歴史的預言者と認められないものであり、今様の流行の書物で、「ミドラシュ・アガタ」であったことがわかる。ギリシア語を話す新人類には、ダニエルも過去ラビたちが捏造してきた預言者と同格の預言者として創作した。 | 497 |
| 8 | 時代錯誤の理由 | しかしこれがアンティオコス四世についての批判だと明示してしまうのは、著者にとって危険である。・・・この人物は四世紀前のネブカドネザル王のことだという設定になっている。 ****************** 「ミドラシュ・アガタ」が時代錯誤であるのは、当時の権力者であるセレウコス朝シリアの王たちを直接批判するのが危険だったからである。 | 497-498 |
| 8 | マカベア戦争のために戦う者に死を恐れさせない方便=復活 | マカベア戦争で戦ったユダヤ人は、「王の命令に従わず、他の神に仕えるよりは、体を死に明け渡した者」である。ダニエル書の物語では、三人の若者が炉に投げ込まれる。しかし神は彼らを救う。 ****************** マカベア戦争で、セレウコス朝シリア、とくにアンティオコス四世と闘うユダヤ教の戦士、「ハシディーム」=「敬虔な者たち」(後のゼロテ派=熱心党やファリサイ派)に、戦争で死んでも犬死でなく、復活するといって、だまして、自分達のために戦わせようとしたラビどもの詐欺である。 | 498 |
| 8 | 預言者ダニエルがライオンに食われない逸話 | 同様にダニエルはライオンの洞窟に入れられる。しかし彼は生きている。 | 499 |
| 8 | セレウコス朝シリアによる迫害がモデル | 問題にされているのは執筆当時のシリアによる迫害である。 | 499 |
| 8 | ダニエルの名はフェニキア(ウガリット神話)から借用! | 「ダニエル」は、フェニキアの伝承において有名な人物の名で、ウガリットの神話のテキストにも認められる。 ******************* 「神はわが審判者」である。神(エル)が、裁く(ダン)。 | 500 |
| 8 | 黙示 | 幻があって、それを天使が解釈するという構成になっている。 **************** 黙示とは、ギリシア語のἀπōκάλυψις=「覆いをはずすこと」から来ている。ドイツ語のオッフェンバールンは、「明らかにすること」である。しかし、日本語の黙示は「暗黙のうちに示す」ことである。 ギリシア語を解する当時のヘブライ人たちの「ハシディーム」=「敬虔なる者」の間では、だれが暗喩されているか、何が暗喩されているが、一発で明らかになった。角=アンティオコス四世のことやな、ダニエル=捏造班のヤムニア会議のラビのことやな、聖戦に犠牲になったら復活できる戦士たち=「ハシディーム」のことやな、と。 しかし、直接にはセレウコス朝シリアの権力を憚って言えなかった。だから、「黙示」の形を取った。 ところが、後年になると、チンプンカンプンとなった。そして、エッセネ派のユダヤ教徒やキリスト教によって、救世主の「再臨」や、「終末」が来るというような「誤解釈」がなされた。それが「とんでも」説を生み出していった。 | 500-501 |
| 8 | 四つの獣/十本の角 | 幻では、四つの獣(獅子・熊・豹・第四の獣)が現れ、第四の獣からは十本の角が生える。 | 501 |
| 8 | 一本の角・引き抜かれる三本の角 | さらに一本の角が生え、三本の角が引き抜かれる。 | 501 |
| 8 | 「日の老いたる者」と 「人の子」 | 王座があって「日の老いたる者」が座している。 「人の子」が天の雲に乗って現れ、「日の老いたる者」の前に来て、「権威、威光、王権」を受ける。 | 501 |
| 8 | 獣と人という基本的対立 | ここには獣と人という基本的対立がある。 | 501 |
| 8 | 「・・・の子」=「・・・の種類の者」 | 「・・・の子」という表現は、まずは「・・・の種類の者」という意味である。 | 502 |
| 8 | 「人の子」=「人という種の者」 | したがって「人の子」とはまずは単に「人」という意味である。 | 502 |
| 8 | 「獣」=「悪の種の者」 | 獣は淵(海)から出てくる。淵は悪の力が棲むところである。 | 502 |
| 8 | 三つの獣=アッシリア・バビロニア・ペルシア | 四頭の獣は何を意味しているのか。最初の三つ(獅子・熊・豹)については、バビロニア・メディア・ペルシアか、あるいはアッシリア・バビロニア・ペルシアかと議論されている。 | 502 |
| 8 | 四番目の角:アレクサンドロス帝国 | 四番目はアレクサンダーのギリシア帝国である。 | 502 |
| 8 | 十本の角=セレウコス朝の王たち/最後の角=アンティオコス四世 | 十本の角は、セレウコス朝の王を表わす。最後の角はアンティオコス四世エピファネスのことである。 | 502 |
| 8 | 引き抜かれる三本の角=アンティオコス四世のライバル | 引き抜かれる三本の角は、アンティオコスが退けたライバル(デメトリオス、弟のアンティオコス、プトレマイオス・フィロメトリウス)のことで、これは当時としては明らかだった。 | 502 |
| 8 | 雲に乗る「人の子」は一神教サイドのユダヤ人の象徴/超常現象ではない! | 「人の子」は何を意味するか。 彼が雲に乗っているのは神の領域に属していることを示す。 ************** 超常現象でも何でもない。単なる比喩である。 「人の子」は、天空神=太陽神系のペルシアの宗教の影響をうけたユダヤ一神教側の人間を象徴しているだけ。 対する悪の側は、淵=海、海洋民族のフェニキア人・ギリシア人の異教徒側を象徴しているだけ。 実際にスーパーマンみたいに空を飛んでいるわけでも、雲に乗っているわけでもない。超常現象ではないことを見抜くことが重要。 | 503 |
| 8 | 獣=セレウコス朝 人=ユダヤ人 | 獣は滅び、聖なる民の支配が確立する。 | 504 |
| 8 | グノーシス的「反宇宙的二元論」は現れていないがその淵源 | またダニエル書では、この世界は全体的に悪であって滅びに至り、まったく別の新しい善なる世界が作られるという黙示思想に典型的な図式は現れていない。 ***************** グノーシス的「反宇宙的二元論」の淵源は、 『ダニエル書』の体制=セレウコス朝シリアへの反逆的ユダヤ人の思想である。 この世=悪ではなく、セレウコス朝の支配=悪なのである。 それが後に一般化され、反体制的革命思想となっていったのである。 | 504 |
| 8 | 介在者=神でなく人 | また超越的になる神との関係をとりもつための超自然的な存在が生じる傾向がある中で、この介在者が「人」だとされていることは、新しくかつ重要な観点である。 ************ メソポタミア以来、介在者は個人神や都市神であったが、ユダヤ人の原理主義者は、介在者=ヤムニア会議とした。これが後のカトリックが介在者となっていく考えにつながる。一方、キリスト教は、介在者=イエス・キリストという超越的な存在にすることで、神との関係に教会という介在者は必要なしという考え方が現れる。 | 504 |
| 8 | 獣=異教徒、人=ユダヤ教徒 | つまり一般的な人は実は獣であって、神の民だけが「人」だとされている。 | 504 |
| 8 | 教会による支配 | 人が人(=獣)を支配するという考え方が神学的に正当なものとして打ち出されている。 | 504 |
| 8 | 死後の復活=永遠の魂という邪見の発生! | それまではイスラエルには死の後の生についての考えは、はっきりしたものとしては存在しなかった。「生」は地上の生でしかなかった。 実は「いと高き者の民」は死ぬことによって、永遠に続く王国において全く新しい生の中に入れられる、といった考え方が生じてくる。 ****************** メソポタミア、フェニキアの宗教は、現世の生活をよりよくするものである。しかし、ヤムニア会議のユダヤ教原理主義者は、「神」のために、現世を捨てさせるという自己犠牲を強いる。そのため、「永遠の魂」=死後の世界での永遠の祝福というデタラメを捏造した。この邪見のために、カトリックがどれだけの人々を焼き殺し、イスラームがジハードでどれだけの人々を殺生したことか。 | 505 |
| 8 | イエスが自分を「人の子」と呼んだ時の2つの意味 | 特にイエスは自分のことを「人の子」と呼んでいる。 ************ 人の子とは反体制(体制派=獣)であり、そのために自己犠牲する者であるという解釈になる。 イエスは、ファリサイ派に対するアンチテーゼを掲げて活動していたが、ファリサイ派の独善的ユダヤ教・男女不平等・人種差別・殺人肯定などの邪説を終わらせるために、自己犠牲となろうとしていたエッセネ派系の狂信家だったのか。 イエスの道徳律はフェニキア人のものであり、死と再生の宗教もネルガルやメルカルトやアドーニスを模したものである。 「人の子」は①反体制的革命派で、②新たな道徳律実現のため自己犠牲をする「介在者」である。 | 506 |
| 8 | 「七十人訳聖書」が成立 | 紀元前三世紀から前二世紀にかけて、エジプトのアレキサンドリアで、ユダヤ教の聖書の最初のギリシア語訳である「七十人訳聖書」が成立する。 | 514 |
| 8 | 「アリステアス書簡」 | 「七十人訳聖書」成立の事情は、「アリステアス書簡」と呼ばれる資料に伝えられている。 | 519 |
| 8 | 「アリステアス」という名は偽名のユダヤ人 | 「アリステアス」という名は偽名であり、著者はユダヤ人で、かなりギリシア的な傾向がある者と考えられている。 | 519 |
| 8 | ギリシアの高官からの進言で、プトレマイオス二世が命令 | これによると、エジプトを支配していたギリシア系の王朝であるプトレマイオス朝のプトレマイオス二世(在位前285-246年)の時代に、ユダヤ人たちの「律法」をアレキサンドリア図書館におさめるべきだという進言が宮廷の高官(アレキサンドリア図書館の館長か?)によってなされ、プトレマイオス二世がその準備を命令した。 | 519 |
| 8 | 高官=ファレロンのデメトリオスは不正確 | たとえば「律法」の翻訳計画を進言した高官は、ファレロンのデメトリオスという名だったとされているが、このデメトリオスという人物はプトレマイオス二世の前に在位していたプトレマイオス一世の時に寵を受けていて、プトレマイオス二世の時には、追放されていた。 | 519 |
| 8 | 「七十二人」は12部族×6人からこじつけ | 「アリステアス書簡」で「七十二人」とされているのは、十二部族からそれぞれ六人ずつの長老が翻訳者として選ばれたとされているからである。 | 520 |
| 8 | エジプトのプトレマイオス朝のファラオの命令は確か | しかし「アリステアス書簡」の情報の大枠は、ある程度の信頼性があるものとされている。すなわち「七十人訳聖書」の核となる最初の部分、つまり「五書」の部分の翻訳は、前三世紀半ば頃にエジプトのアレキサンドリアで成立したのであり、それはプトレマイオス朝の王の命令によるものだったという点である。 | 520 |

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